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あわれおりなすあねはこび:03
ほんの少しだけ挨拶をしたその人は、なんだか不思議な味が混じっていてあんまり近寄りたくはなかったのだけれど、勿論これはボクの体質の問題であって、相手の人格だとか外見だとかそういうものには全く関係のない話なのだから、痙攣しそうな胃と食道に力を込めてどうにかしようと思ったところであっさりと、メイシューさんがボクの手を引いてくれた。
十分で戻るから先行ってて、とメイシューさんは後ろに声をかける。
ボクはつないだ手がこそばゆくて、そんなことを考えるよりもまずはお連れの方を怖がらせてしまってごめんなさい、と言うべきなのに、でもやっぱり手が気になって顔が段々熱くなる。
ああ、いやだ、こんな、即物的で、本当に嫌だ。嫌だ。嫌だ。
感情なんて、と言ったエリちゃんの言葉が、ぐるぐると頭の中で混ざって訳がわからなくなりそうになる。
感情なんてもの、無い方がいいのかも。
そうかもしれない。そうなのだろう。感情なんてものがなければ、ボクは、もう少し生きる事を優先してこの人に接することができる筈なのに。こんな風にわかりやすく動揺してしまうような男は、気持ち悪いと思われて関係を断たれてしまうかもしれないのに。
生きるためには食べなくてはいけない。
食べるためには、メイシューさんに嫌われてしまっては困る。
それなのに、ボクは、つないだ手が熱いし、先ほどの、不思議な味の人の事が気になって仕方がない。
メイシューさんは缶のジュースを買ってくれて、こんなとこでどうしたのと言ってくれる。
ボクは本当にただそこを通りかかっただけで、急に口の中に入れていた飴の味がしたからびっくりしてあたりを見回した粗、硝子の向こうにメイシューさんがいただけで、本当に誓ってそれだけだったからそのまま正直に話してごめんなさいと付け加えた。
昼休みの時間を邪魔したかったわけではないのに。
ただ、通り過ぎるべきだったのに。
ごめんなさいと二回目の謝罪を口にする前に、メイシューさんは笑った。
「いやまあ、俺だって道端で友達に会えば、普通に声かけるし。別に、キーちゃん悪くないじゃん? 飯はさー食い終わってたし。桑名はちょっとビビってたみたいだけど、あいつ割合人生ジェットコースターなうな奴だから、キーちゃんのビジュアルくらいじゃ大した話題にもなんねーっすよ平気平気」
そう言ってじゃあまた土曜にな、と手を上げるメイシューさんの背中を、ボクはどんな顔で見ていたのだろうか。あんまり、客観的に見たいとは思わなかった。たぶん、むき出しの感情が、全部、顔に出ていたと思うから。
桑名、という名前は、メイシューさんの向かいで珈琲を飲んでいた人の名前だった。
ほんの少しだけ挨拶をしたその人の事を、思い出すと、ボクは、いかんともしがたい、あの胸やけのような重さを持て余した。
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