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あわれおりなすあねはこび:07
食べて、吐く。食べて、吐く。食べて、吐く。
その、繰り返し。
朝起きて仕事をこなして帰ってくる他の人たちと同じように、ボクは食べて吐かないと、生きる為のお金を稼ぐ事ができない。何もしていなくてもソレはボクの中に無理矢理入りこんでくる。そうしたらボクは吐くしかなくて、結局仕事がなくたってボクは食べて吐くことを止められない。
食べて、吐く。何度も、何度も、何度も、吐く。
いい加減慣れたけれど。味にも、臭いにも、吐くときの辛さにも、滲む涙にも、焼ける食道にも、慣れたけれど。慣れてもやっぱり少しくらいはつらいから、背中をさすってくれるその手の温かさにボクはとても、とても、たぶん、彼が思っているよりもずっとずっとずっと救われている、のだと思う。
口の中に広がるのは焼け焦げた髪の毛の臭い。脂肪が、皮膚が、髪が、骨が焼ける生臭くて酸っぱいような味が鼻まで突き抜ける。ボクはあんまり感傷的な方ではない、はずだけど、それでも数か月まえに見せてもらった写真の女性が頭によぎった。
誰が、誰と、どう関係して、誰が、誰を、どう思っていたのか、ボクにはわからない。想像もできない。ボクは感情なんてものとはほど遠い場所に居て、今だってそれは変わらない。自分の感情だってわからないのに、他人の事なんてわかるわけがない。
想像ができないボクにわかるのは、目の前に提示された現実だけだ。
今更困るんですと彼女は目を伏せる。
可愛そうだとは思うんですけどと彼は彼女を抱き寄せる。
ボクはといえば、彼と彼女の感情にどういう言葉を返すのが正解なのかわからなくて、あいまいに頷くことしかできないのだけれど。
背中をさするメイシューさんなら、彼に、彼女に、どういう言葉を返したのか。そんな事怖くて、申し訳なくて、訊けないけれど、訊かないけれど、少しだけ気になった。
感情なんてもの、ない方が良かったのかもしれない。
感情なんてもの、食べて吐いて生きることだけで精いっぱいのボクには手に余る。
けれどボクは、今ボクの背中をさするメイシューさんに感じる気持ちを、煩わしいとか、嫌だとか、面倒だとか思えないし、感情なんてものがボクにもあったんだという実感は、なんというか、あんまり悪いものには思えなかった。
えりちゃんが、どう思っていたのかは、たぶん一生わからない。
でも記憶の中の彼女は、ちょっとだけ面倒そうに笑っていたような気がした。
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