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まどべにたたずむかのひとの:01

ご丁寧にどうも、と腰を折るメイシューさんの顔はボクの知っているメイシューさんとは少し違って見えて不思議だ。 いつもと変わらない服装で、スーツとかではないし、メイシューさんはお休みの日だった筈だけど、後から訊いたら名刺貰うと仕事っぽい気持ちになんのよ、と苦笑いをしていた。 そういうものなのか、と思う事しかできない。 ボクは連絡先のカード代わりに名刺を持っているけれど、なんというかアドレスの代わりにお渡しする事が多いし、挨拶の手順として名刺交換をするような場面に出くわす事はない。 そういうものなのか、と不思議に思いながらボクは成程名刺を差し出されたときはそうやって受け取るのか、なんて、普通の大人だったらとても当たり前なのかもしれない事に感慨を受けていた。 メイシューさんはエンジニアだというけれど所謂サラリーマンで、ボクはたぶん分類したら自営業で。……そして今、メイシューさんに向けて名刺を差し出し綺麗に腰を折っている女性も、メイシューさんと同じく企業で働く会社員という分類になるのだろう。たぶん。 鈴木今子です。 そう挨拶した女性との付き合いは、実のところそこまで長くはない。 と言ってもメイシューさんと出会う前から知ってはいたし、彼女の会社からの依頼は最近結構な頻度で増えてきていたし、顔なじみと言ってもいいのかもしれない。 これはボクにとっては、という話で、決して鈴木さんと仲良しだという話ではないのだけれど……別に嫌いだということもないし、彼女は他の人に比べたらいくらかマシな味がしたので避けるほどでもなかった。 社会人ってこういう風に挨拶するのかとボクが愚鈍に関心している横で、名刺を仕舞ったメイシューさんは部屋の窓辺をスッと見つめて笑顔のまま、唇を結んだ。ぎゅっと口を閉じて、グッと息を飲む仕草がちょっと、なんていうか、かわいい。 かわいいって言ったら怒られるかな。怒られるだろうな。そう思うくらいの余裕がある事なんてすっかりばれていて、メイシューさんはボクの方を見上げると怪訝そうに首を傾げた。 ああ、うん。 その顔も、好きなんだ、たぶん、きっと、だって、どきどきするから。

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