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まどべにたたずむかのひとの:02
「特殊清掃……って、あのー、死体とかゴミとか片付けるあの……?」
若干挙動不審気味に差し出された名刺を眺めながら、割とストレートに訊いちゃったザッツ不躾な俺に対して目の前の地味なおねーさんはちょっとだけ苦笑いを零した。
ふつーの地味なスーツをなんてーかあまりにも普通に着こなした、『普通』としか言いようのない人だった。こう、パッと目を引く美人でもないし逆にびっくりするような特徴もない。どこまでも地味な感じの『不動産屋の事務員』って感じのおねーさんだ。
こんな普通の塊みたいなおねーさんが死体の掃除を……? すんの……? なんかそう思うとよくわかんねー付加価値プラスでマニアな人に刺さりそうね? なんて失礼すぎる事を考えていたわけだが、おねーさんは俺を発言を慣れた様子で訂正しつつ予想外というか予想以上の付加価値をぶっこんできた。
「あー、いえ……便宜上特殊清掃と名乗ってはいますが、弊社の業務は通常の清掃でも所謂一般的な特殊清掃でもありません。そのー……刈安さんとご一緒の方ならある程度はそういうものに、寛容かなと思うのでぶっちゃけますが、私たちが掃除するのは幽霊です」
「……おん。おん? え、まじで。まじっすかなにそれうける。かっけー。ラノベじゃん。てことはおねーさんは霊能力者?」
「と、いうわけでもないんです」
ゆるやかに丁寧に説明された内容を簡単にまとめると、鈴木のおねーさんが勤務する特殊清掃会社もとい玉城クリーンコーポレーションとやらは、不動産に依頼を受けて事故物件や心霊物件の心霊現象の『清掃』を扱う幽霊掃除屋(つっても霊能者に取り次いだりすることはあるけど自分たちでハァッ! って除霊したりはしないつまりは仲介人ってことか?)だという話だ。
なんだそりゃ、って言うとこだろうがよくよく考えたら俺の隣で今日も不安定にふらっふらしている刈安キイロの仕事を考えたら、まーそういうお仕事があってもいいんじゃないっすかね? と思えちゃう。
そういや事故物件を専用に扱う不動産屋とかあるらしいし、事故物件専用除霊屋が居てもよさそうなもんだ。
一軒家よりもアパートやマンションで暮らす人間が増えている世の中だ。そらあ、前の住人が死にましたお祓いしましょ、屋上から飛び降りましたお祓いしましょ、なんてことも増えてんだろうよと思う。
もしアパートの部屋自体に霊障があった場合、対処するのは住人じゃなくって不動産屋の方なんだろう。
引っ越してきた部屋がおかしい。幽霊が出た。だからすぐに引っ越した。みたいな話は怪談の定番だ。じゃあその引っ越した後の部屋の幽霊どうすんのよっつったら、不動産屋が拝み屋なり霊能者なりを呼ぶしかないんだろうなーと思うし、そうなると不動産屋専用の拝み屋窓口があってもよさそうなもんだ。
世の中俺の知らん事なんかもりもりあんのね。いや別に知りたくなかったけど。
割合表情筋が素直に感情と直結しちゃってる俺の微妙な引きっぷりを察知してか、鈴木女史は『一般の方にはあまり関係のない職業ですから』と控えめに苦笑いをした。
確かに俺がその辺を歩いているだけのギャラリーだったら、名刺貰ってふーんすげー職業も存在すんのね、なんて無駄な知識を増やすこともなかっただろう。
しかしながらというか残念ながらというか、俺は今刈安キイロの横にひょこっと突っ立っている。刈安キイロが仕事をするために出かけることを承知でひっついてきたわけだから、俺だってまあようするにそーゆーアレコレの関係者みたいなもんだ。
一歩引いた気持ちを強引に引っ張り戻し、お仕事大変っすねキーちゃん意思の疎通若干たるめっしょ? と笑えば、鈴木チャーンの対他人用苦笑いが若干薄れたような気が……あーいや気のせいかもしんないけど、まあ、とりあえず俺は別にビビってもねーし何なのこっわ(笑)とも思ってねーよって態度が伝わればそれでいっかーという事にした。
そもそも、キイロの仕事に俺が同行するってのも稀だ。
キイロは一人で全部どうにかしたがる。
俺が一緒にいた方が絶対に都合がいいだろうに、なるべくというかほぼどうにかして一人で片付けようとする。
巻き込みたくないってーいうよか、迷惑かけなたくないって方向なんだろうけど、ぶっちゃけ嫌だったら嫌って言うし無理だったら無理しないっていうスタンスで二十数年楽しく生きて来た俺だ。なんとなくお伺いくらい立ててくれてもいいのになーなんて、若干甘いことを考えていた。
だってキーちゃんあれじゃんマジでしんどいじゃん。マジでしんどいし可哀そうだしキツイじゃんこいつの人生。
俺が横でほよほよと突っ込みいれてるだけで多少なりともコイツの感じる『味』がマシになるなら、そのくらいはするのになーなんてさー。
……思ってはいたけど、いざ! 今日お仕事にお付き合いしてもらっていいですかとお伺い立てられ、いざ! 連れてこられた誰も居ない何もないまっさらなアパートの隅の窓辺に立つ明らか人間じゃねーよっていう透けっぷりのおばーちゃんの後ろ姿を見ちゃうと、うーん! やっぱ同情って覚悟をもってお出しすべきよね! と思っちゃうわけだ。
付いてきた事後悔はしてねえけども、正直一歩か二歩くらいは引く。
物理的にも精神的にもドアの外側に傾く俺を見て、幽霊清掃業者のおねーちゃんは微妙に親密そうな目線を送って来た。
うーん知ってるぞその視線、あなたも見るんですねっていう若干の憐み配合済みの類友視線だ。
物理的に引いちまった俺の頭は、トン、と柔らかい壁にぶつかった。
見上げた先には今日も青白い顔がある。最近は見慣れたからこえーとか不気味とかよりも『今日はちゃんと飯食ったみたいねよしよし』みたいなオカンみたいな感想しかでてこない。
幽霊運搬人フォックスこと本日の主役ことキーちゃんこと刈安キイロは、今日も全力で道行く人間をモーゼにする奇抜な長髪を括ってめっちゃ悲しそうな顔で見下ろしてきた。
「あの……メイシューさん、その、ええと、すいません……やっぱり、終わってから合流してもらった方が良かった、……ですよね」
心底申し訳なさそうに眉を下げる様は、いつもの刈安キイロすぎて笑いが出そうだ。うるせー俺が良いっつってんだから良いんだよいい加減俺が嫌だったら来ねーよってこと信じろよ、って気持ちを込めて下から顎ぶん殴ってやった。
「一緒に来てくれませんかってぇお願いしてきたのおまえっしょ今更ビビんなっつのー。入れて吐いて心落ち着けてから合流するより一緒にこなした方が心身ともに楽だろーが」
「……はい……あの……大変、ありがたいです。でも……」
「デモもダッテも面倒くせえから後で聞くわー。あーのー……鈴木さん?」
「はい、何でしょうか」
「……見えてますよね鈴木さん。キイロは目はわりーからたぶんわかんねーと思うけど、鈴木さんさっき窓の方チラッと見ましたよね?」
「はい、あの……見えております」
「上品そうなおばあさん?」
「上品そうなおばあさんですね」
うーん一致してしまうってのはあんまり素敵な感じじゃない。
桑名やら木ノ下ちゃんやらと見えているものが被った時の『うっわぁやっだぁ幻覚じゃなくって?』感、あんまり楽しいもんじゃないわけよ。
気のせいだとか目の錯覚だとか脳みその幻覚だとか、そういうものなら良かったのになぁと思う。
普通の、本当に普通のワンルームのアパートの窓辺に、そのばあさんは突っ立っている。
部屋は二階で、窓の外には特に何もない。本当に特に何もない。
何もない窓の外を、そのばあさんはすくっと突っ立って眺めているようだ。
家具があればまあ、普通の光景すぎて違和感なんかなかったかもしれない。
だがしかし生憎とこの部屋は空き部屋だ。鍵だってさっき鈴木某おねーちゃんが開けた。それをしっかりと見ている。人が侵入している筈がない。
「――こちらの部屋の除霊依頼は、管理不動産ではなく大家夫妻からの直接依頼です。刈安さんに除霊を依頼させていただくのはこれで三回目になります。前回の施行は半年前。三か月ほどは『窓辺の老婆』の目撃はありませんでした。その後大家夫妻は別の霊能者に直接依頼をしたようですが、どうも除霊はうまく行かなった様子ですね」
「あー、なるほど……キイロが運んでも帰ってきちゃう系の奴なわけ……」
「今後もまた定期的に除霊をしなければいけない可能性がある、ということをご説明し納得いただいた上での再依頼になります。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします」
「はい。承りました。……鈴木さん、外に出ていますか?」
「……あー……いいえ、大丈夫です。今日は私一人なので、このまま同席させていただきます」
「わかりました。……あのー、メイシューさん、ちょっとお手伝いしていただいても、いいです、……か?」
「疑問形つええな。別にいいけど、俺にできることなんかあんの?」
「あ、はい。その、先ほどメイシューさんも仰った通り、ボクは目が良くないんです。それで、あの……彼女の顔を見てほしいな、と思いまして」
「…………………かのじょ」
っていうのは、あのー……窓辺のあの人のことなんだろう。
なんで? という言葉を吐く代わりに思いっきり眉を寄せて見上げた俺に、困ったような顔でキイロは首を傾げた。
「鈴木さんにお願いするわけにはいかないので……というか、たぶん、この三人の中で一番目がいいのはメイシューさんです。なので……ちょっと、のぞき込んできてもらえると、嬉しいなぁ、と」
「………………」
「あ、はい。マジで言ってます、はい……」
言わずともわかってくれて嬉しいよキーちゃん。
アイコンタクトで以心伝心できるくらい俺の事理解してらっしゃるなら、それお願いされちゃう俺がどんなお気持ちになるかってのもわかってらっしゃるでしょう、ねえ、ねえ。
……とは思うものの、俺ごときがキイロのくそみてえにしんどい仕事手伝えるならと思わなくもねえくらいにはすっかり俺ってばキーちゃんに甘い上にわけわかんねえ覚悟があるから、さらにもうちょい覚悟上乗せしてすーっと吸ってセイヤッと吐いて、室内に足を踏み入れた。
そもそも俺ってば『なんか感じます……!』スタイルの霊感人間じゃない。
見るときは唐突だし、聞くときも予兆なんてないし、哀しみとか怒りとかそういうの肌で感じたりはしないし、この時も部屋の中になにか変な気配を感じたりはしなかった。
普通の部屋だ。
そんで、立っている人も普通のおばあさんだ。ちょっと薄い気がするけど。
窓辺に立つばあさんは背が高くて、『おばあちゃん』というよりは『老婦人』といった感じだ。しゃっきりとしていて、気品がある。
恐る恐る隣に立つ。
もっかい息を吸って吐いて覚悟決めて、こそっとのぞき込むように少しだけかがんで視線をずらして。――そんで俺は息を飲んだ。
想像していたのはげらげら笑う気持悪い笑顔。絶望的な怒りの顔。またはそういう感情なんてもの一切わからないような虚無。
……けれどその老婦人は俺の想像に反して、なんつーか、すごく普通ににこにこと窓の外を見ていた。
恐る恐る後退り、部屋の入口にいるキイロに並ぶ。
ほっそい腕を思わず掴むと、どうでしたかという声が上から降って来た。なんだかちょっと諦めたような、感情の薄い声だ。こういう声を出すときのキイロは、いつも大体、嫌になるくらい冷静で残酷だ。
「……笑ってた。っつーと、なんか、チガウな、えーと……優しい顔してた……かな………」
「ああ。……そうなんですね、やっぱり。ここが好きなんですね、だから……戻ってきちゃうんだろうな……」
「…………あのばあちゃんここの住人だったの?」
夫人の後ろ姿を眺めながら尋ねた俺に、答えたのは鈴木ちゃんだ。
「彼女は恐らくこの部屋の三回前の住人です。二階の部屋の窓辺に老婆の幽霊が立っているという目撃証言が多数寄せられ、目撃者の証言を総合して背格好を考えても別人ということはないでしょう。氏はこの部屋に一人で暮らしていましたが、長らく大家である女性と同居していた叔母でした。一昨年の夏、風呂場で溺れ、搬送された病院で死亡しました」
「…………風呂場で? 溺れて?」
どうにもそんな足腰が弱いような人には見えない。いや幽霊がどの程度生前の状態を維持してんのか知らんけど……知らんけど血まみれだとか腸がでろーんと出てるお方とかが多いわけで、なんとなく死んだ状態で出てくるっていうイメージが強い。
老婦人は水に濡れているわけでもないし、足が不自由そうでもない。
怪訝に眉を寄せれば、あとは外に出ていてもらっていいですとキイロが俺の背中を押した。
「え、一人で平気なのかよ。俺が一緒にいた方が多少は味とかマシなんじゃねえの?」
「確かに、普段はできればメイシューさんにお隣にいてほしい、ん、ですけど……ですけど、今回は大丈夫です……あの人は、そんなにひどい味じゃないから」
「え? じゃあ俺マジで顔確認要員で呼ばれたの?」
「あ。はい……すいません、他にお願いできる人が、思い浮かばなくて……」
「いや別にいいけどお前なんでそんなにあのばあちゃんの顔とか気にしてたの?」
「……これから何度かきっと、ボクは彼女を運ぶことになる、と思うんです。だから、自分の中でどういう事情があったのかくらいは、把握しておきたいなと思った、から……かな、と思います」
「おん。……その事情って、俺が今聞いても平気系?」
「恐らくは。たぶんあの人はもう、いろいろ、どうでもいいのだと思います。誰にも怒っていないし、悲しんでもいないし、恨んでもいないと思うから」
足腰の悪くない老人が、風呂場で溺れることなんてあるのだろうか。
同居していた姪夫婦が、どうして老婦人を追い出したのだろうか。
想像することしかできないし、あんまりいい想像じゃないし、ていうかわりと失礼な想像だから軽々しく口にするのも憚られる奴だけど。
「たぶん、殺されたのだと思います。でも、恨んでいない。怒ってもいない。悲しんでさえもいない。……二年前まで、このアパートの窓の下には公園がありました。きっと今も彼女は公園で遊ぶ人たちをほほえましく眺めているんでしょうね。眺めるために、戻ってくるんでしょうね」
誰に対する哀しみもなく。
誰に対する怒りもなく。
……たぶん、絶対に、恨みはあるはずなのに。
そう思うとあの柔らかい微笑が妙に、薄気味悪く感じる。
殺されたんじゃなかったとしても、事故で亡くなったんだとしても、にこにこと部屋の窓から外を見つめる叔母の除霊を頼む大家夫妻の心情も、なんつーか不気味っつーかわからんっつーか怖いっつーか。……俺には想像もつかないものだった。
それじゃあやります、と頭を下げたキイロを残して、俺と鈴木ちゃんは外に出た。
「……本来、私の会社は二人一組で行動する事を原則としているんです」
唐突に話し始めた鈴木ちゃんに、ああうん、と適当な声を返す。
頭には、さっきの老婆のにこにことした優しい顔が張り付いて離れない。
「私たちは除霊はできないんですが、職業柄霊感というか、少し敏感な体質の人間が多く、一人で行動すると予期せぬ事態になった際倒れる可能性が高いんです。けれど、この部屋に来て体調を崩す社員は一人もいません。だから私は今日一人で伺いました。……あの人は、本当に、誰に対しても負の感情を抱いていないんです」
……それっていいことなの? それって素敵なことなの?
……死んでもそこに、ずっといるのに? そこから離れられないのに?
そんな事を考えるとなんかぐるぐるしておえーってしそうになって、結局馬鹿で単純で面倒くさい事はほん投げちゃうスタイルの俺は、深呼吸と一緒に直近一時間の記憶をなるべく捨てる努力をした。
「難儀なお仕事っすねぇ幽霊掃除……霊能者なんて変な人ばっかじゃないっすか? キイロとか」
「あ、いえ、そのー……はい、まあ……不思議な方が多いですね。でも、刈安さんはきちんとお話を最後まで聞いてくれるので、とても楽ですよ。ちょっと、テンポがゆっくりですけど」
「あーねーあいつねーすんげー口下手だけどホウレンソウしっかりスタイルっすよねー。あ、鈴木さんこの後暇っす?」
「え」
「いやー俺たちこれから飯なんですけど、鈴木さん暇なら一緒にいかねーかなって思って。あ、ナンパじゃないっす。キイロがパンケーキご所望してんですけどパンケーキ屋に男二人でどうなの? っておとといから葛藤してんですよ。もしよかったらキイロが奢るんでーほんとにナンパとかじゃないんでー少なくともキイロは心に決めた相手が居るらしいんでー片思いみたいっすけど。どうっすかね」
「…………い、行きたい、です、が、すいません帰って仕事があるんです……」
「お。そりゃお疲れさんです。じゃー、また誘いますわいつかまた会ったらー」
「……巻さんて、あの……いいかたですね」
地味、って形容詞しか思い浮かばなかった鈴木今子氏がうふふと笑う様は、こう、なんつーかわりと有り……とか思ってたら後ろからものすごい圧を感じた。
口を押えたキイロがえぐい顔で立っていた。
さっきの幽霊とおぼしき老婦人をきっと腹の中につっこん状態だろうに、キイロはさっと俺の手を取って鈴木ちゃんに向かってひとこと、あげませんと言い放った。
……嫌別に俺お前のもんじゃねえよ落ち着け、って言い損ねた俺もまあ、悪いよね。って、そう思いますよ、ええ。
恨みとか哀しみとかってさ、いいもんでもないんだろうけど。
それが全くないってやつも、ちょっとよくわかんねーし怖いよなって思った話だった。
終
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