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不穏な影 5
刻の優しさが発揮されるのは女性に対してだけ。壮吾にはまったく優しくない。
けれど、裏表のない正直すぎる刻の性格が壮吾は気に入っていたし、わかりにくい中にも、刻なりの優しさを時々感じられる。
それも、付き合いが長いからこそわかる程度のものだけれど。
壮吾が刻への恋心を自覚したのは、壮吾の友人と刻が別れた時だ。彼女を慰めながら、喜びを感じている自分に気づいてしまった。
やんごとなき身分の刻が、なぜ都立の高校に通っていたのかは未だに謎だが、それ以来、壮吾の片想いはずっと続いている。
刻も、まさかその腐れ縁の友人に惚れられているなんて夢にも思わないだろう。
シャワーを浴びた後、用意しておいたフランスパンとチーズをつまみに、ワインを軽く飲む。
この高級ワインもグラスも、刻が解決した事件で関係者に貰ったものだ。そして同じ理由で貰ったバスローブも着てみた。
一応、下着は穿いている。
――でも、この恰好……。まるで、すぐにでも情事になだれ込んで欲しいように思われるかな
刻と体の関係を持つようになったのは、彼が探偵業を始めた年だった。久須美家の家訓で、大学卒業までの学歴は必須条件とのことで、本人は退屈な学生生活にうんざりしていたようだ。
旅行を思い立つノリで「そうだ、探偵になろう!」と決めた。
ワトソン的な相棒を欲した彼は、壮吾に白羽の矢を立てた。当時、男友達が壮吾しかいなかったという単純な理由なのだが。
刻は、やんごとなき身分を乱用して事件現場に乗り込み、事件を次々解決していった。
金持ちのボンボンが軽いノリで始めた探偵業はやがて軌道に乗り、現在では警察関係者に久須美刻の名が広く知れ渡っている。
その推理力はかなり本格的にも拘わらず、あくまでも趣味だから料金は一切発生しない。
本人曰く、「財布にも国民にも優しい探偵」なのだそうだ。
その優しい探偵は、事件解決後は頭も身体も興奮が最高潮に達し、爆発寸前になるらしい。
猛烈にセックスをしたくなる理由がそれだ。
フェミニストの刻はあらゆる女性達にモテモテだから、毎回情事の相手には困らなかった。ぶっちゃけとっ替えひっ替えしていた。
しかしある時、事件解決が深夜になり、約束相手が待ちくたびれて帰ってしまったことがあった。
その時壮吾は「俺なんてどお?」と、完全に冗談のつもりで軽く持ちかけてみたのだ。たとえ冗談でも、本心を隠しながらの言動は緊張を伴った。
なのに刻は。
――あいつは、大して躊躇わなかった
本来好奇心旺盛な刻は、「男も意外と悪くないかもしれないね」と、その晩壮吾の身体に熱を吐き出したのだ。
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