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待ち人登場 2

「はい、なんとか……ありがとうございます、助かりました。……正直やばいかと」     無理な体勢で下肢に力を込めていたせいで、膝下が痺れてすぐに立ち上がれない。それを見かねた刻が手を貸してくれる。  生粋のお坊ちゃんであり、通常は些細なことでも島ノ江以下、使用人を動かす男だ。十年近い付き合いの中で、刻に手を貸してもらうなどと、初めてのことだった。驚いて、手を伸ばしていいものかどうか躊躇していると、 「あいにく島ノ江の手がふさがっているからな。素直に手を出したまえ」 「あ……うん、悪いな」 「問題ないよ」  さすが、壮吾の考えが伝わったらしい。壮吾は素直に手を伸ばし、刻の手を掴んだ。そういえば刻の手を握るのは初めてだと気づく。  見た目は白く繊細なのに、意外にしっかりしていて力強い。何度も身体を重ねているくせに妙な話だが、壮吾の動きに合わせてくれる様子が紳士的で、うっかりときめきそうになる。 「さて……。この男の身柄は警察にまかせるとしよう。暴行未遂なら留置所に一晩ほどで済む」  島ノ江が矢竹を立たせた。壮吾はその背中を呼び止めた。 「ちょっと待ってくれ。その人に聞きたいことがあるんだ」 「君に乱暴しようとした相手と、何を話そうっていうんだ」  刻に鋭い視線を向けられる。顔が整いすぎているだけに、それは冷たくて背筋が寒くなるほどだった。 「その人は……矢竹さんは、俺が先日辞職した塾の同僚だ。そりゃ、その人のせいで辞めたってこともあるんだけど、一緒に働いてるときは好意どころか、むしろ嫌われてたから腑に落ちないんだよ。嫌がらせならもっと他の方法を選ぶだろ」    刻の整った眉がピクリと中央に寄った。 「ふむ、なるほどね」 「俺のやり方が気に入らないみたいでさ、いちいち文句言われた。そうだよなあ、矢竹さん。あんたは俺が目障りだったんだろ」  縛られてからずっと俯いていた矢竹が、顔を上げた。 「ああ、そうだよ、俺はあんたが嫌いだったね。あんたは授業終了後も、生徒のどんな小さい質問でも丁寧に答えるから人気も高くて、すぐ評判が保護者に広まって評価が上がった。けど俺は、仕事の手は抜かないけど、終わったらさっさと帰るのがポリシーなんだ。授業内容と関係ないところで差を付けられちゃたまんねーよ」  嫌われてたのはそれが原因だったのかと驚いた。しかし自分の評価が上がっていたのも初耳だった。  今さら知りえても無駄なことだが。 「――ということは、君は春井くんが辞めた後も、まだ恨みを持っていたのかい」  刻に顔を覗き込まれ、矢竹は怯んだ。 「じゃあ、単に俺を殴りたかっただけなのか?」  矢竹が欲情しているように感じたのは、気のせいだったのか。

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