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待ち人登場 3

「違う!」    矢竹がまっすぐ壮吾を見た。 「嫌いだったはずなのに……。あんたのことがずっと忘れられなかったんだ。 自分でもわからない。あんたのことばっかり考えて気が変になりそうで。でもアドレスも電話番号も知らないし。だから、塾の退職者リストを見て住所を調べた」 「なんで……」  妙なことを言われて、理解不能な上に気分が悪くなる。 「俺だってわかんねえよ!」 「春井くん、眼鏡を」  はっと自分の顔に触れる。自宅でリラックスしていたから伊達眼鏡は外している。刻が到着したらかけようと、シューズボックスの上に置いていたのだ。慌てて装着する。 「彼の前で、外したことはあったのかい?」 「いや、それはないよ。授業後の教室で眼鏡を拭いたときに生徒二人に見られたけど、洗面所で顔を洗う時は必ず一人の時だし、出るときは必ず着けるし」  伊達眼鏡なのだから、一人きりの自宅では外している。  そりゃ、刻といるときは油断しているから平気で外して眼鏡を拭いたりするけれど。それ以外は極力気を付けている。  ――そういえば、刻には壮吾の目力は効かないはずなのに、最近はなぜか眼鏡着用をうるさく言われる。万が一効いたら困るとでも思っているのだろうか。 「矢竹といったね。君は春井くんの素顔を見たことがあるのか」 「?……ないと思うけど」  矢竹は、なぜそんなことを訊くんだと言いたげな表情で刻の顔を見た。嘘をついているようには見えなかった。 いつのまに呼んだのか、パトカーが到着し、警官が降りてくる。連行されながら、矢竹は身じろぎした。 「待ってくれ! 俺は春井先生と話がしたいだけなんだ!」 「常識的な時間帯に、ごく普通に訪問してくれれば可能でしたよ。矢竹先生」  相手を興奮させないため、壮吾は言葉を選んだつもりだった。    そもそも、辞職に追い込まれる原因を作ったのは矢竹だ。謝罪を受けるならともかく、その相手と何を話せというのだ。こちらからは恨み言しか出ない。  壮吾の言葉に我に返ったのか、矢竹は悔しそうに項垂れ、警官と一緒にパトカーへ乗り込んだ。パトカーは静かに住宅街の狭い路地をゆっくり進んでいく。  バスローブ姿のまま夜風に当たっていた壮吾の身体は、すっかり冷え切っていた。ぶるっと震えが来る。    一方、先ほど矢竹に質問してから、刻はずっと何やら考え込んでいるようだ。  いつもなら、「君は警戒心が欠落した馬鹿なのかい」とか、「日光江○村のお猿さんの方が君より余程賢いぞ」とか言いそうなものなのに、それも言われない。  ――いや、それが当たり前になっている俺の思考もどうなんだよ……  それにこの男は、黙って立っていれば誰もが目を奪われる見目麗しい美青年なのだ。真剣な表情の刻はうっかりときめきそうになるからいけない。    壮吾は、煩悩を払拭するべくぶっきらぼうに刻に声をかけた。

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