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待ち人登場 4

「久須美、とりあえず中に入れよ。庶民のコーヒーでよければ淹れるぞ」 「ああ、そうだな……いただこうか」    控えていた島ノ江が、静かに一礼した。 「では刻様、私は車内で待機いたします」 「そうしてくれ」 「あ、島ノ江さん、ほんとありがとうございました」 「いえ。では、失礼いたします」  島ノ江が静かに立ち去った後、壮吾は刻のために普段はしまい込んであるスリッパ(やや高級目のやつ)を出した。  この部屋に招き入れるのは数か月ぶりだなと思い出す。刻はまだ難しい顔をしていた。 「今日の事件はすぐ解決するようなこと言ってたけど、どうだったんだ?」  スタンドライトを消して、天井のシーリングライトを点灯する。室内がパッと明るくなった。    刻は壮吾の質問に答えず、厳しい表情のまま、八畳のリビングの室内に視線を巡らせている。刻の珍しい態度を気にしつつ、壮吾はキッチンへ入った。 「どうした、蚊でもいたのかよ」  ――蚊にくわれる久須美なんて、想像できないよな。面白いけど  コーヒーメーカーに豆と水をセットしてスイッチを入れた。    スーパーで買ったコーヒー豆で刻が満足するわけがない。しかし、イギリス人の血を四分の一引いている彼は紅茶にはうるさいし、日本茶は玉露しか口にしない。    唯一コーヒーなら、庶民のブランドでも喉を潤せるらしいから、(そこら辺のこだわりはよくわからないが)何度かこうして壮吾の部屋で、刻に庶民のコーヒーを淹れていた。  湯気の立ち昇るマグカップを二つ持ってリビングへ行くと、刻はテラス側の窓の前に立っていた。そこで、壮吾は思い出す。 「そうだ、さっきのゴタゴタで忘れてたけど、矢竹が来る直前にそこで人影を見たんだ」 「人影? 人に見えたのか?」 「うん……多分。ちょうど月明かりで逆光だったんだけど、背格好が男に見えたよ」  そのときのことを思い出し、首筋が寒くなる。 「それは矢竹じゃないのか」 「違うよ。そいつと目があった気がしてカーテン閉めて、そのあとすぐインターホン鳴ったから」 「確かに、このテラスから玄関に行くには、一旦正面に回る必要がある。数秒じゃ無理だな」  刻はネクタイを乱暴に緩めた。どきりとした。  予想外の事が起きてしまったけれど、今夜、刻は壮吾を抱くつもりなのだろうか。わずかに期待している自分がいる。 「この部屋は……空気が淀んで重い。君はよく平気で居られるな。今日一日部屋に居て、何ともなかったのかい。体調に異変は? 頭痛とか」

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