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待ち人登場 6
刻は壮吾に睨むような視線を向けてくる。先ほどのアクシデントの後で、こんな冗談を言うとも思えなかった。
――本気なんだな
「――わかった、支度するから少し待ってくれ」
「速やかに頼む」
壮吾は寝室へ行きクローゼットを開けた。
バスローブを脱いで綿のシャツにチノパンを穿き、上に麻のジャケットを引っ掛ける。
刻とつるむようになってから、服の趣味も様変わりしていた。
ジーンズにパーカーが楽で好きだったが、それだと常に高級スーツ姿の刻とのバランスが最悪になるのた。だから現在の壮吾のクローゼットには、「そこそこ小綺麗な服」が並んでいる。
――なんだかなあ。彼氏の趣味に合わせてる健気な彼女みたいだよな、俺……
仕事用のノートパソコンと数日分の着替えをボストンバッグに詰める。その間十分ほどだが、刻は待っていてくれた。
人の都合に合わせるのを嫌う男だけに、本気で心配されているのだと実感する。
「お待たせ、これでオッケーだ」
「よし、行こう」
リビングを出ようとして、ふと横のカレンダーに目を止めた。
「えっ、うそ。なんで?」
「どうした」
カレンダーの数字、三十日を赤いマーカーで丸く囲み『締切』と記入してある。壮吾が自分で書いたものだ。
しかし、今朝見た時は確かに二十七日に赤い丸が書いてあった。
「……俺は本当にアホになっていたのか……??」
通常、締切日の前日には必ず終わらせるようにしているから、二十六日の今日、久須美の誘いを断ったのだ。自分の勘違いだったとしたら、余程脳みそがヘロヘロだったとしか思えない。
その旨を久須美に説明する。
「なるほどね。しかし、春井くんの脳みそがヘロヘロのスカスカだったとしても数字の二十六と二十九を見間違うならともかく、二十七と三十は考えにくい。君は、視力だけは良かったな?」
「スカスカは余計だよ! ……両目1・五だよ」
「そうとわかれば長居は無用だ」
言うなり刻は壮吾の腕をぐいぐい引っ張り、そのままずんずん短い廊下を抜け玄関を出た。
壮吾は「一体何がどうなってんだよ」とぶつぶつ言いながら鍵穴にディンプルキーを差し込んだ。
「実際と違うものを、この部屋が君に見せていたのだとしたら?」
「……は?!」
施錠してから、壮吾は刻の横顔を見た。
「……だとしたら、まじヤバいじゃん、俺の部屋……」
刻の白く長い指先がすっと伸び、手の平を鍵穴に当てる。
ほんの数秒だが、何かの呪いのように見えた。
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