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刻の秘密 4

「実はね、春井くん……僕の曾祖父と、君の母方の御祖母様には交流があったんだ」  刻の口から、思いも寄らぬ言葉が飛び出す。 「は? 俺の、……祖母?……何だよ、いきなり」     壮吾は天涯孤独の身の上だ。赤ん坊から物心つく頃まで育ったのは養護施設だ。  親の顔は見たことがないし、生きているのかどうか一切不明。小学校に上がる前、良い里親にめぐり逢い、十八歳までの十三年間は人並みの家庭生活を体験できた。  血の繋がりはないけれど、壮吾にとって里親夫妻は親のような存在だった。  自分が天涯孤独の身なのを悲観的に捉えず、ここまで生きてこられたのは、里親が愛情をかけてくれたおかげだ。  ――そういえば、しばらく会いに行ってないな    年賀状や暑中見舞いは毎年欠かさず出しているのに、この数年は電話のみになってしまっている。    壮吾は、色んな感情を押し殺して言った。 「あのな久須美、お前は忘れてるかもしれないけど俺に親はいない。物心ついた頃からずっと親がいないままだ。親族の情報も一切ない。だから、祖母もいないよ。いくらなんでもそんな冗談はやめてくれ」 「僕は、冗談を言っているつもりはない。もちろん、ふざけてもいないよ」  穏やかに話す刻の表情や態度は、大真面目に見える。  しかし過去の経験上、この男の腹の中まではわからないのだ。 「じゃあ、なんなんだよ」  壮吾は刻を睨み付けた。自分でも驚くほど低い声だった。  怖い思いから解放されて、せっかくいい気分になってきたのに、と思う。  刻は時々こうして、ブラックジョークを仕掛けることがあるから慣れているけれど、今回は内容が内容だけに笑えない。 「君に出逢った頃に、その辺の事情は聞いていたから忘れてはいないよ。しかしね……」 「悪いけど、聞きたくない」  壮吾はぴしゃりとはねつけた。 「春井くん」  十年来の友人で、たとえ好きな相手でも、踏み込んで欲しくない領域がある。  ――俺にだって、プライドはあるんだ 「助けてもらったことや、ここで世話になることには、本当に感謝してるよ。でも、俺のプライベートに土足で入り込むのはやめてくれ」 「春井様、それは」  口を挟んだ島ノ江を、刻が手で制す。 「いいんだ、島ノ江」  「……申し訳ございません」  壮吾の(かたくな)な態度に、視界の隅で刻が肩をすくめた。小さく息を吐く気配もする。それは珍しいなと思い、壮吾は刻の顔を見た。  異国の血の混ざった色素の薄い瞳は、じっと壮吾を見つめていた。  肩をすくめたのはてっきり呆れ返っているからだと思っていたが、そうではないらしい。

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