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光の糸 1
これは夢だ、と壮吾は思った。
刻がソファーに座っている。
天井の高い、広い部屋だ。刻の自室だろうか。
島ノ江やお付きのメイドも誰もいなくて、刻は一人きりのようだ。
しかし、その刻の様子が変だった。
項垂れて、顔を両手で覆っている。
――泣いてんのか? ……いや、まさかな……久須美に限ってそんなことは……
でも、ひどく弱っているように見える。
常に穏やかで余裕たっぷりの、ポーカーフェイスの男が。
壮吾がじっと見つめていると、刻が顔を上げた。ドキッとするほど白い顔が上を見上げる。
その視線の先を辿ると、いつのまにか正面に若い女性が立っていた。
顔は見えないが、美しい艶のある黒髪を背中に垂らし、白いワンピースがゆらゆらと揺れている。
刻は彼女を一瞥 したが、再び項垂れる。女性が何か話しかけているようだが壮吾の耳に声は届かない。
どのくらい時間が経っただろうか。刻は、とうとう顔を上げなかった。
それでも項垂れたままの刻に向かって、女性は懸命に話しかけ続けている。
刻は眠ったように動かなくなった。
女性は諦めきれないのか、刻の周囲を漂うように回り始めた。
その時、女性の横顔が一瞬見える。
『◯◯◯!……』
彼女に呼びかけたのは壮吾だった。女性が振り向く。
すごく懐かしい心地になるが、光って眩しくて、顔が見えない。
何故俺は彼女に呼びかけたんだ? 何故、名前を知ってるんだ?
けれど……
何と呼びかけたのか、すぐに忘れてしまっていた。
――春井くん
誰かが、呼んでる。
――君の……
久須美か?
――様が……
え? なんだよ、よく聞こえない。
――君の、御祖母様が……
ああ、またその話かよ。
――僕の曾祖父様と……
だから、聞きたくないって言っただろ
――繋がりが……
やめてくれよ、踏み込んでくるな!
――君の御祖母様と……
「しつこいぞ!」
自分の怒鳴り声で目が覚めた。
「え?……」
ぱっと目を開けると、濃いブルーの天井が見えた。壮吾の部屋ではない。
「――そっか……久須美んちか……」
たくさん夢を見たのに、一つも内容を覚えていなかった。
刻が出てきたような気もするが、夕べのことがあったから、そう思うのかもしれない。
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