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光の糸 5
「えっ? ちょっ、どうしたの、大丈夫!?」
「は、はい……も、申しわけございません……」
彼女は自分の頬に手を当て、自分を落ち着かせるようにほうっと息を吐いた。
徐々に頬の赤みは消えていく。どうやら体調の急変ではなさそうだ。
「あ、お水飲みなよ」
「いえ、もう大丈夫です。大変失礼いたしました、春井様」
ふう、と可愛らしく息を吐き、言葉通り、顔色はすっかり元に戻った。そして両手を団扇代わりにパタパタさせた。
「本当に申しわけございません……もう落ち着きました」
「そう? なら、よかった」
壮吾も胸を撫で下ろした。
「もうー、びっくりしたよ」
「春井様は凄いです……」
「へ?」
「刻様にあのようなお顔をさせてしまう春井様は、本当に凄いです…」
さっきのような、不貞腐れた顔のことだろうか。
「えー、そうかな」
「はい!」
彼女は目をキラキラさせて壮吾を見た。
現在壮吾が好きな相手は刻なのだが、可愛らし女の子にこんな眼差しを向けられるのは純粋に嬉しく思う。
確かに、刻は家臣の前で常に穏やかなポーカーフェイスを保っているようだ。なのに、壮吾に対してだけは不遜な態度を隠そうともしない。
だからなおさら、仕える側のメイドにとっては「レアな刻様」なのだろう。
壮吾に対しては常に口の悪い刻だが、雑に扱われたことは一度もない。
それは刻の身体に染みついた気質なのだろうけど、そんな部分にもいちいちときめいてしまう壮吾だ。特別に素顔を見せてくれている気がして、嬉しく感じてしまう。
――でも、やっぱりこの家で働く人達はみんな刻が大好きなんだなあ
壮吾は微笑ましい気持ちになった。純粋に友人として、誇らしいと思った。
「では春井様、失礼いたします」
「ありがとう。あ、あと、君の名前は?」
壮吾の問いかけに、メイドはにっこり微笑んだ。
「若梅と申します」
「若梅さん、ありがとう」
丁寧な一礼の後、重厚なドアが静かに閉められた。なんだか、爽やかな風が通り過ぎたようだなと思った。
――もし俺が、若梅さんみたいな可愛い女の子だったら、久須美は好きになってくれたのかな……
いや、そうじゃないだろう。壮吾はぶんぶん頭を振った。
この数年間、繰り返し何度も頭に浮かんでは打ち消してきたことだ。けれど、刻は恋多き男で、一つの恋愛は長く続いた例がない。
壮吾の高校時代の友人を含め、刻との恋に破れた女性たちを何人も見てきた。
――そうだ、破れたらそこで終わりだ。それよりも友人の立場のほうが、ずっと長くあいつの傍にいられる。
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