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光の糸 7
壮吾は、ティーカップをローテーブルに置いた。
「わかってる。昨日は、悪かった……話してくれよ」
刻がおやっというように、僅かに目を見張った。
「いいのかい。君が知りえない御祖母様の情報を、僕から伝えるのも妙な話だが……無理をしていないか? 君が聞きたくなければ……」
「夕べはアクシデントもあったし、なんか動揺してたんだよ。ちょっとパニくったっていうか……。で、あんなこと言っちまったんだと思う」
刻は壮吾をじっと見つめてくる。まるで探るようなその視線に、壮吾は無意識に姿勢を正した。
「俺には親兄弟、血の繋がった人間はいないんだって、無理やり自分を納得させて生きてきたから。……なんだよ今更、って気持ちもあったんだ」
自分を産んだ母は、血の繋がった父は、どんな人物だったのか。幼い頃は数え切れないほど空想した。祖父母に至っては、ほとんど雲の上のような存在だ。
「今、僕の目の前にいる春井くんは、どう思ってる?」
「今の俺?」
日頃、壮吾に対して不遜な振舞いが常の、刻の優しさを垣間見るのはこんなときだ。壮吾の気持ちを優先してくれる。
「知りたい」
迷わずそう口にできた。
「聞くよ、話してくれ。それに、あの黒い影と無関係じゃないんだろ」
刻はふっと口元を緩めた。
「いいね、今日の春井くんは」
「なっ……」
不意打ちの綺麗な笑顔に心臓を撃ち抜かれそうになった。普段の態度がアレなだけに、攻撃力が半端ない。
――うう、完璧油断してた……
壮吾は自分の頬に手の平を当てた。刻に気付かれないようひっそり息を吐く。顔が赤くなっていなければいいのだが。
「ん? どうした」
「なんでもない!」
刻は、壮吾の様子に少しだけ眉を上げたが、場の空気を変えるように声を張り上げた。
「では、本人の意思を確認したことだし、始めようか」
「へ?」
刻はにっこり微笑み(これはいかにも作った感じの笑みだから俺の心臓は無事)スッと手を上げ、指をパチンと鳴らした。
「かしこまりました、刻様」
島ノ江が応え、メイドの若梅がしずしずとワゴンと共に下がっていった。
紅茶は、新しいものと交換してくれたようで、壮吾のカップの絵柄が変わっていた。
壮吾は、これから何を始めるんだろうと思いつつ、庶民には縁遠い高級紅茶をずずっとすすった。
「では春井様、ここからは刻様に代わりまして、私、島ノ江からご説明させて頂きます」
「え? あ、よろしくお願いします……?」
どこから持ってきたのか、この居間のインテリアには絶妙に不似合いな巨大なホワイトボード(キャスター付き)をソファーの傍に寄せ、島ノ江が恭しく言った。
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