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光の糸 8
その前に立ち、黒いマジックで人名をさらさら書き始める。まるで執事のコスプレをした、講師のようだ。
「塾講師だった春井くんよりよほど優秀な講師に見えるぞ、島ノ江」
主人に褒められた島ノ江は、嬉しそうに腰を折った。
「恐縮に存じます」
「本当ですよ、島ノ江さんめっちゃ字も綺麗だし、講師とか向いてそう」
つい、壮吾も口を挟んでしまった。
「痛み入ります」
――って、おまえが説明しないのかよ久須美!
壮吾は胸の内で刻に突っ込んだ。
しかし、壮吾の心臓が落ち着いていない状態では、島ノ江の方が適任かもしれないと思いなおした。
壮吾はどんどん文字が増えていくホワイトボードを見た。刻の曾祖父を頂点とした家系図のようだ。曾祖父の名前は難しくて読めない。
刻の名前も書かれた。
そして、黒いマジックの先端は、曾祖父の名前から横にすーっと線を引き、その家系図に新たに人物名を書き足していく。
なぜか、一番下に壮吾の名前が書かれた。
これでは、壮吾までが久須美家の一員だと錯覚してしまう。
「そうだよ、春井くん」
壮吾の疑問に答えるように、刻が穏やかな声色で言った。
「君と僕は、遠い親戚ってことになる。遠すぎて、血縁は薄めたトマトジュースみたいなものだけどね」
刻なりの気遣いのジョークなのだろうけれど、どこから突っ込んでよいやら、頭の中は混乱していた。
「……遠い親戚? 俺と久須美が? 嘘だろ……」
壮吾が口をぱくぱくさせていると、島ノ江が気遣う視線を寄越してくる。
「先ほど刻様が言われたように、刻様の曾お祖父様の刀禰 様は、陰陽師を副業とされていました。そして、一人だけ弟子をお取りになりました。それが、春井様の御祖母様、千代様です」
「弟子? 俺のばあちゃんが陰陽師の弟子だったの!? ……千代、ばあちゃん……」
親の名前も顔も知らないのに、祖母の名前を聞かされるなんて、とにかく不思議だ。だからといって、親近感は急に湧いてこなかった。
けれど、隙間だらけの自分の生い立ちを、ふわりと優しい何かが埋めてくれたような、そんな気はする。
「もちろん、刀禰様は妻帯者でしたから、お二人の関係は師匠と弟子を越えたものだったのでしょう。そして、千代様は春井様のお母様を身籠られました」
感情を込めない島ノ江の淡々とした口調のおかげで、驚愕の真実を告げられている実感がわかなかった。
壮吾は、正面に座る刻を見た。
布張りの豪奢なソファーで、優雅に足を組む姿が嫌味なほど絵になっている。別段、壮吾の反応を楽しんでいるようにも見えない。
「つまり、ぶっちゃけて言うと、久須美のひいじいさんは、俺のじいさん……てことに……」
「ご明答」
「まじか……」
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