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刻と壮吾の繋がり 2

「きみは飢えたハイエナか。そんなに焦らなくても、誰もきみのエサを横取りしないぞ」  刻だった。    朝っぱらから一部の隙もなくスーツを着込んでいる。さすがに上着は着ていないが、皺ひとつない真っ白いワイシャツに、光沢のある素材のベストが嫌味なほど似合う。そのまんま高級紳士服のグラビアモデルになれそうだ。 「おう久須美、おはよう」 「昨夜はぐっすり眠れたようだね」 「昨夜……」  夕べのシーンがフラッシュバックした。    壮吾の記憶は所々途切れているが、映像としてほとんど覚えている。爽やかな朝だというのに、汗だくの艶めかしい刻の顔が浮かぶ。  ――いかんいかん、何思い出してんだ、俺。若梅さんもいるってのに  そんな壮吾の心の内を知ってか知らずか、六人掛けのテーブルのはす向かいに、刻が浅く腰かける。 「顔色はいいね」 「まあな、おかげさまで。……あ、ありがとう」    素直に礼を言っただけなのに、刻はめずらしく表情に呆けたような隙を見せた。しかしそれはほんの一瞬で、すぐに端整な顔からは何も読み取れなくなる。  壮吾は不思議だった。    夕べはどういうわけか、存在すら知らなかった祖母の死を知り、酷くショックを受けた。一気にこの世の終わりのような気分になってしまった。   しかし、今朝は起きた瞬間からすっきりしていて、夕べ感じたような悲愴感はない。    ――あの黒い影が出現してから、変なことばかりだ 「食事を終えたら、応接室へ来てくれ。昨夜は話を中断したから、その続きを。君も、聞きたいことがあるだろうし。……大丈夫か?」  壮吾の胸中に、軽い緊張が走った。刻の表情が真剣なせいもある。 「ああ、もちろん大丈夫。……あのさ、久須美」 「ん?」 「悪かったな。心配かけて」 「……問題ないよ」  刻は薄い笑みを浮かべると、静かに退室した。    壮吾はふっと息を吐くと最後の皿を平らげ、部屋の隅に控えるメイドに言った。 「若梅さん、パンのおかわりくれる?」    膨れた腹をさすりさすり、応接間へ向かった。昨夜と同様、久須美家の家系図が書かれたボードの横に島ノ江が立っていた。  壮吾は、ふと、儚い蛍のように消えてしまった祖母を想った。会ったこともないのに、懐かしいような心地がした。  なぜだろうと不思議な気持ちになりつつ刻を見ると、彼は優雅に紅茶を嗜んでいた。 「待たせたな」 「春井くん、食い意地が張り過ぎてやしないかい。必要なら胃薬を用意させるよ」    刻は、腹に手を当てる壮吾を呆れた様子で見た。これから先、まだ自分の知らぬ事実が出てくる可能性は大だ。不安もある。  しかし壮吾は、いつもと変わらない態度の刻の存在に安堵していた。    

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