42 / 102

沈められた想い 2

 ドアの横に立っていた刻が、室内へ入ってくる。  ベッド脇のナイトテーブルに置いた黒縁眼鏡をひょいと手に取り、壮吾の顔にかけた。 「世話係は女性のメイドを集めたが、屋敷内には男性の使用人もいる。島ノ江は問題ないが、僕の大切な使用人達が、君の目力にやられたら困るからね。部屋を出るときは油断しないように」 「ああ、気を付けるよ」  壮吾は素直に頷いた。 「なあ、久須美……あのさ」  その後の言葉が、続かない。壮吾がためらっていると、刻は右肩に手を置いた。 「どうした、きみらしくないね」  壮吾の目を見つめた後、その視線はスッと左後方へ移動する。  はっとした。  刻は過去に何度も、このように視線を逸らすことがあった。壮吾は、刻の癖なのかなと前々から疑問に感じていたのだ。  ――そうか、千代ちゃんを見ていたのか  長年感じていた小さな疑問がスッキリする。そして壮吾は、まだ残っている疑問を刻に投げかけてみた。 「おまえは事件解決後に、その……無性にシたくなるって言ってただろ。だから俺は軽い気持ちで誘ってみた……わけなんだけど。でもそれは、浄化のために、あえてそう言ってくれてたのか?」  若梅に聞こえないように、声を落として言う。  浄化に関しては素朴な疑問なのだが、女好きの刻がなぜ壮吾を抱くのか、その理由をずっと訊きたかった。それを口にするのは初めてで、刻の目を見られない。  返事がないなと顔を上げると、軽く驚いた様子の刻と目が合う。 「久須美?」 「……あ。ああ、悪い」  我に返った自分を自虐的に笑うかのように、刻がふっと口元を緩める。 「浄化のためだけじゃない。僕は現場に行くたび色情霊に憑かれることが多くてね。それで無性にシたくなる。だから、百パーセントきみのためというわけではないよ。だから……気にしなくていい」 「色情霊……」  ホッとしたのと同時に、「なんだ、そうかよ」と拍子抜けした。  だが、壮吾の浄化のためだけに抱いてくれたのではなく、単に刻も性欲を発散していたということなら納得がいく。   軽く落胆しながら、壮吾はそれを見せまいと無理やり平静を装う。  一方、刻の様子がやはり妙だった。いつもと違う。まるで、壮吾の今の気持ちを代弁しているように、表情が冴えない。さっきもぼんやりしていたし。  こんな刻は珍しくて、壮吾は刻の肩に手を置く。 「おい大丈夫か、久須美。やっぱり俺も一緒に行ったほうが……」  壮吾の言葉に、刻はそのままの表情で壮吾をじっと見つめた。

ともだちにシェアしよう!