45 / 102
沈められた想い 5
「あのー、若梅さん?」
「……あっ」
若梅は、今始めて自分の非礼に気づいたような顔をした。
「もっ、申し訳ございません! 春井様! 私ったら、また夢中になってしまって……あ、いえ、大変失礼いたしました!」
いったいなんだかよくわからないが、慌てる若梅が可愛いので、壮吾は思わず声を上げて笑ってしまった。
「あー、久しぶりだよ、こんなに笑ったの。若梅さんて面白いなあ」
「すみません……。もう、私ったら……刻様の大切な方になんて態度を……」
若梅さん、「友人」が抜けてるよ。胸の中でつぶやき、壮吾はしばらく彼女に話し相手になってもらった。
和やかに談笑していると、ふいに若梅の表情が緊張した。見ると、島ノ江がこちらに歩いてくる。
「では春井様、私はこれで失礼します」
壮吾に一礼し、島ノ江にも一礼した後、若梅は仕事に戻っていった。
壮吾は島ノ江に声をかける。
「島ノ江さんは、久須美と一緒に行かなかったんですか?」
「はい。本日は千吉良 が刻様についております」
「そうですか……また、変わった名前の人ですね」
壮吾が刻と共に現場へ行くとき、必ず島ノ江は運転手として同行していた。島ノ江は刻の専属の執事だし、何より頼りになる人材だ。その彼を置いていくなんて、大丈夫なのだろうか。
壮吾も同伴しなかったから、事件解決に必要な千代の力も使えない。
「ご心配は無用です。千吉良は使える男ですから、しっかり刻様をお守りいたします」
島ノ江を見上げると、穏やかな笑みを返される。千吉良という男に面識はないが、壮吾より頭一つ背の高いこの男の存在感は、刻にとってはお守りのようなものではないかと思える。
――千代ちゃんとのことがあるとはいえ、俺は、久須美にとって足枷になってる気がする
刻がただの友人なら、ここまで不安にならないのだろうか。
「春井様、私でよければ敷地内をご案内します。少しなら庭へ出るのも気分転換になるでしょう」
「出ていいんですか?」
「はい。私と一緒なら大丈夫です」
背筋のすっと伸びた黒いスーツの後ろをついていく。広い背中には安心感が
あった。刻といるときも安心だし嬉しいけれど、同時に想いを隠しているからドキドキ冷や冷やする事が多いのだ。
屋敷の正面周辺には、樹木がシンメトリーに植えられているが、裏手にはグリーンがうっそうと茂っている一帯があった。しかし近づくと、手入れは行き届いているのがわかる。可愛らしい木製の丸テーブルと椅子が二脚、オブジェのように設置されている。
「春井様は、刻様にとって大切なご友人です」
「いや、……はは、そうです、かね」
ともだちにシェアしよう!