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沈められた想い 6

「どうぞこちらへ、春井様」 「ありがとうございます」  壮吾は椅子に腰かけた。    島ノ江は二メートルほど離れて立ち、遠くへ視線を向けている。大切な主人である刻に想いを馳せているかのようだ。  壮吾も、その視線の先を追った。  このところ、刻とは連日一緒にいたから、顔が見えないとやけに淋しく感じてしまう。 「この家に仕える者達にとって、刻様の存在は、とても大きい。……あの方は、私達のかけがえのない主人です」  ゆっくり、噛みしめるように島ノ江は語り始めた。 「刻様が八歳になられたとき、専属の執事として、こちらへ呼ばれました。私は十八歳でした。刻様はご両親様、御祖父母様のよいところをしっかり受け継いでらして、刻さまに初めてお目にかかったときは、大げさではなく、地上に舞い降りた天使かと思いました」  普段はクールで冷静な島ノ江の夢見るような表現に、微笑ましくなる。 「八歳の久須美か……信じられないくらい可愛いかったんでしょうね(見た目だけは)」 「はい。それは、もう。でも……外部の人間とほとんど接触のなかった刻様は、人見知りをされて、なかなか私に心を開いてはくださいませんでした」 「人見知り? あの久須美が? あれ、でも島ノ江さんのお家は代々、久須美家御抱えなんじゃ」  島ノ江が頷く。 「はい。ですが私は、高校まで、ごく普通の学校へ通っていましたから、刻様の専属に決まるまで、お会いすることはなかったんです」 「そうなんですか」 「最初は視線すら合わせていただけなくて……。でも、とても利発で聡明なお子様だった刻様は、私の話したことをすべて覚えておいででした」 「それはすごい」  眼差しで頷き、島ノ江が続ける。   「私は感動し、たちまち刻様に夢中になりました。――あれから十七年、刻様のお傍を一時も離れたことはございません。私は、刻様に危険あらば、この身を投げ打ってでもお守りする所存です」 「島ノ江さん……」  刻を通して島ノ江とは何度も会っているが、個人的なことを話してくれたのはこれが初めてだった。 「春井様」 「はい」 「千代様との約束や、現在春井様に危険が迫っていることなど、あなたの置かれている複雑な状況は百も承知です。ですが、あえて言わせていただきます」  壮吾は、島ノ江を見上げた。 「刻様はあなたの力になろうとに懸命に行動されている。あなたが大切だからです。けれど、確実に刻様の身体にも負担はかかっています」 「負担……?」  考えたこともなかった。常に余裕たっぷりでシャキッとしている刻だから、疲労困憊な様子など想像できない。  

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