47 / 102
沈められた想い 7
――あ、でも……
出掛ける前の、刻の様子がおかしかったのを思い出す。やっぱり疲労が溜まって体調を崩していたのだろうか。
「霊能力を使うことが、肉体に負担をかけるんですか」
不安になって、問いかける声が震えた。
「それもありますが、浄化です。あなたの体内に入り込んだ悪しき陰を、刻様は一度ご自分の体内に取り込まなくてはなりません。その行為が、大幅に体力を消耗する原因です」
「そんな! だって……あいつは、そんな素振りは少しも」
「刻様は、久須美家の次期当主になられるお方です。疲労を表面に出さぬように振る舞うことなど、朝飯前でしょう」
常に礼儀正しい島ノ江の、やや投げやりな言い方に真実味を感じる。心底刻を心配している島ノ江の心情を、如実に表している気がした。
――どうしよう、今からでも、久須美のところへ連れて行ってもらおうか。
体調悪い上に千代ちゃんもいなかったら……
十年近い付き合いの中で、あんな様子の刻を見たのは初めてだった。壮吾は、心配で胸が張り裂けそうになる。
「春井様」
「はい……」
「私は刻様のために、未来の久須美家のために、少々酷なことを言わなければなりません。――千代様も聞いておられることでしょうから、率直にお伝えします」
島ノ江の声はとても優し気だ。なのに、ひどく怖く感じる。
正面を向いていた島ノ江が、ゆっくり壮吾を見降ろした。
「春井様。千代様と一緒に、刻様から離れてくださいませんか」
「……は?」
ひやりと体温が下がった気がした。島ノ江の発した言葉が、脳まで到達するのが遅いのか、壮吾は告げられた内容をすぐに理解できなかった。
「それは、どういう……」
「一時的に距離を置くという意味ではございません。離れたらずっとそのまま、二度と、刻様に近づかないでいただきたいのです」
壮吾は目を見開いた。島ノ江は瞬きもせずにそれを受け止める。
「二度とって……うそでしょ、なんで……」
「刻様は、千代様のことがなかったとしても、春井様との友情が大切なのです。ですがそれは、あなたにとって辛いことではないのですか」
――この人は、俺の気持ちに気づいてるのか……
「どうか、刻様と久須美家のために、覚悟を決めてください。春井様」
壮吾は、涙を見られる前に眼鏡を外し、目を抑えた。
そして、そういえば島ノ江さんは俺の目を見ても平気なんだっけと、どうでもいいことを思い出す。
「それに……」
島ノ江は壮吾に一歩近づくと、すっと顔を寄せた。
「浄化は刻様でなければならないという決まりはありません。他の者でも可能です。……もちろん、私も」
カッと全身が熱くなった。
そりゃ、壮吾は浄化のために刻に抱かれていた。
でも壮吾は刻が好きなのだ。男なら誰でもいいわけじゃない。
ともだちにシェアしよう!