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沈められた想い 8
壮悟の気持ちに気づきながら、そんなことを言う島ノ江が憎らしかった。
「……お気遣ありがとうございます。でも、結構ですから」
島ノ江の、刺さるような視線を右頬に感じたが、顔を上げられなかった。
とてもその場にいられず、壮吾はその場から逃げるように屋敷内へ入った。
ふらりと間借り中の客間へもどり、ノートパソコンを立ち上げた。何かしようと思ったわけではない。ただ、惰性で動いているだけだ。
仕事の依頼が二件きていた。
通常、イレギュラーな内容以外は、全てメールで依頼される。今の状況では正直ありがたく、手を合わせたくなる。
仕事があれば気がまぎれるし、ここできちんと仕事をして信頼を得れば、依頼が増える可能性だってある。
頼る先が皆無な身の上だからこそ、これからのことを考えると、場所を選ばない翻訳関係の仕事は地道に長く続けたい。
しかし、刻が言うように自宅マンションが危険なら、引っ越しを検討する必要がある。
「あー……考えることが山済みだ。仕事も、もう一つ探さないとな……」
『刻様から、離れてくださいませんか』
ズキ、と胸の奥が痛んだ。
島ノ江の、真剣な面持ちが浮かぶ。冗談でもなんでもない、本気の言葉、表情だった。彼は本心から刻を敬い、慕っている。
――久須美から、離れる。あいつの前から、消える……。そして、二度と近づかない、友人関係も、やめる……?
壮吾が一般人だからとか、身分の差とか、そういう問題ではないのだろう。
壮吾は刻の友人だ。島ノ江は、相当の覚悟と勇気を持って壮吾に告げたのだ。
祖母との契約があるとはいえ、刻は壮吾を安全な場所へ匿い、結界を張ってくれた。何度も疑ってきたが、きっと刻は壮吾を大切な友人だと思ってくれているからこそ、こんなにも親身になってくれるのだ。
――俺が消えるしかないのか、久須美の前から……本当に?
そうしなければと淡々と考えていたが、どこか上の空で現実味に欠けていた。実感した途端、身体から力が抜けていく。
いったいどこへ行けばいいのだろう。刻が捜し出せない遠い場所。二度と、戻って来られない場所。
それならいっそ、壮吾を追ってきた黒い影に飲み込まれてしまえばよかったのだろうか。だがあれは生霊だ。生霊の本体の元まで運ばれるのだろうか。
なんか宅急便みたいだな。
「はは……あいつが聞いたら、すんげー怒りそう」
ただ刻の傍にいられればよかった。想いを告げられなくても、抱いてもらえるのが嬉しかった。
その小さな望みも断ち切られるなら、もうこの場所に未練などない。
――久須美の隣にいられないなら、いっそ消えたほうがいい。あんなにクドいやつ、簡単に忘れられるわけないけどさ……
屋敷を取り囲んでいる黒い影が、まっすぐ壮吾へ向かってくるよう気がして、背中がぞくりと強張った。
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