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沈められた想い 9
ベッドに身体を投げ出した壮吾は、左肩に右手を当て、傍らの祖母に話しかけた。
「千代ちゃん、長い間守ってくれてありがとう。でも、もう俺から離れてもいいよ。……それが無理なら、俺も一緒に連れて行ってよ、どこか遠い場所へ」
今なら聞こえるかもしれないと、淡い期待を持つが、しばらく待っても、祖母からの返事は、壮吾の耳には届かなかった。
――やっぱり俺には霊能力なんてないんだな
本当に辛いと、涙は出ないのだと、壮吾は身をもって知るのだった。
夕食の時間になっても、刻はまだ戻っていないようだった。
若梅が夕食の準備ができたと知らせに来てくれたが、食欲を一切感じなかった。ひたすら仕事を淡々と片づけることで、自分を保てていた。
食欲減退の原因は、壮吾自身わかっているし、島ノ江が一番承知しているはずだ。あからさまな態度になっているが、そこは許してほしい。
帰宅した刻が心配するだろうが、恐らく、刻に悟られぬよう島ノ江が上手く立ち回るだろう。だから後は、今後の身の振り方だけを考えればいい。
食欲はないが、部屋にワインとチーズだけ運んでくれるよう、若梅に頼んでいる。酒を飲ますにやってられるかと、そんな気分だった。
「春井様、お持ちしました」
軽いノックの後、若梅がワゴンを引いて入ってくる。
その上には、いかにも高級そうなワイン、ぴかぴかに磨かれたグラス、クラッカーにチーズや惣菜を乗せたオードルブルが大皿に並んでいる。
そして、蓋のついた小ぶりの器の中には、暖かいスープが湯気を立てていた。
「わ、美味しそう」
食欲をそそるスープの香りに、壮吾の腹は空腹を思い出す。
ぐぅぅ~と情けない音が漏れた。
「あっ」
腹を押さえて若梅を見ると、案の定微笑まれてしまった。
「春井様、こちらは薬膳スープです。胃が疲れているときにも負担がかからず、身体を温めてくれます。――刻様も、所望される特別メニューです」
「へえ、久須美が」
刻の名を聞いた途端、別の痛みが壮吾の胸を刺す。甘いだけではない、仄暗い痛みだ。
「温かいうちにどうぞ」
「うん、ありがとう」
スープカップに顔を近づけると、ほんのり漢方薬に似た上品な香りが鼻をかすめた。温かい液体がすうっと喉から身体の中へ落ちていく。温かくて、なんだか泣きたくなった。
「春井様……大丈夫ですか」
「えっ」
テーブルにワインやオードブルを並べ終えた若梅が、ひた、と壮吾を見つめていた。
躊躇いがちに、若梅の口が動く。
「あの、差し出がましいかと存じますが、春井様は今、大変……その、弱っておいでではないですか」
「若梅さん……」
慈愛に満ちた瞳に見つめられ、ぐっと熱いものが喉からせり上がってくる。
「……そんな風に見える?」
壮吾は口元を上げようとして、失敗した。
「いえ……お顔は落ち着いていらっしゃいます。けれど……」
じわ、と目頭が熱くなってしまい、壮吾は慌てて目元を拭った。
「あ、はは……不思議な人だね、若梅さんて」
「春井様……」
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