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誰よりも大切なひと 4
「僕の顔はそんなにひどいか」
若梅は俯いた。
「はい。恐れながら……」
若梅は若いが聡明な人間だ。島ノ江と同じくらい、刻にとって頼れる存在だ。特に若梅の持つ能力は、信頼に値《あたい》する。
「最後に春井くんに会ったのは何時頃だ。様子はどうだった」
「食欲がないと申されて、御所望のワインと軽食をお部屋にお持ちしました。六時頃と記憶しています。お顔は……」
躊躇う若梅に、刻は静かに声をかける。
「おまえが見たありのままを、教えてくれ」
若梅は唇を震わせながら、言った。
「何かあったのだと思います……とても、大切なものを失ったような、そんなお顔をされていました。希望も未来も全部……もう、自分には関係ないものだと諦めてしまわれたような」
「諦め……?」
見当もつかなかった。彼に何があったというのだろうか。刻の留守中、壮吾の身にいったい何が。
「私は、刻様とご一緒の春井様しか存じ上げません。でも、あの時の春井様は、刻様の隣にいらっしゃる時とはまるで別人のようでした。あのような冷めたお顔をされるなんて」
若梅もひどくショックを受けているように見える。刻は宥めるように言った。
「彼は、天涯孤独な境遇だからね。幼いころは苦労しただろうから、諦めることには慣れてしまっているのかもしれない」
若梅は「違います!」と、キッと食い入るように刻を見据えた。
「刻様の隣でお話しされてる春井様は、とってもお幸せそうでキラキラされていました。すべてを諦めている人が、あのような顔をされるとは思えません」
刻に対してこのような強い発言をしたことのない若梅だからこそ驚いた。そして今、若梅は何と言った?
「僕の隣で、春井君は幸せそうだったのか」
「はい!」
若梅の頬を、雫がほろりと流れ落ちた。
「刻様と、同じお顔でした」
「僕と、同じ?」
「はい、お揃いのお顔です」
――僕と同じ顔をしていた。春井くんが……
壮吾が心配でどうにかなってしまいそうなのに、刻の胸の中に痺れるような歓喜が湧きあがる。
――春井くんも僕を想ってくれていたのか
若梅が言うならそれは間違いなかった。けれど、会って直接確かめたい。
「刻様、申し訳ございません。そのことをもっと早く刻様にお伝えしていれば、春井様は……」
若梅は涙を拭うこともせず、ポロポロと雫をこぼし、自分のエプロンドレスをギュッと握りしめた。
「いいんだ。公言を差し控えるよう伝えたのは僕だから、気にしなくていいよ。それより、教えてくれてありがとう」
「刻様……」
「さあ、涙を拭いて。おまえや、この家の女性達は太陽のような存在だから、常に笑顔を絶やさずにいてくれないと困るよ。以前の僕なら、おまえの涙を拭いてあげられたが、今後は、僕が涙を拭く相手は、春井くんただ一人にしたいからね」
「刻様!」
悲しそうな表情から一転、若梅の顔にぱっと笑顔が戻る。やはり、女性は笑顔が一番美しい。
――僕の春井くんにはかなわないが
玄関ホールには、使用人達がゾロゾロと集まってきており、順に島ノ江に報告している。
刻は、若梅に耳打ちした。
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