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真実 1
都心のビジネスホテルのフロントで、壮吾は会計を済ませた。
平日のせいか、広いラウンジには壮吾の他に二組の客だけ。一歩外へ出れば人の波だろうに、ここには静かな時間が流れている。
――適当に決めたけど、なかなか寛げたな。
窓側のソファーに座り、ブレンドを注文した。運ばれてくるまでの間、壮吾は外の景色を眺めながらぼんやりした。
「お待たせしました」
「ありがとう」
やや不愛想なホール担当の女性が置いてくれたコーヒーを一口飲む。一杯六百円の価値はよくわからなかった。
高層ビルが立ち並ぶ景色の空は、雲が厚い。今日は一日こんな空模様が続くでしょうと、気象予報士の男性が言っていた。しかし、外を歩き回るには、そのくらいの天気が過ごしやすい。
時刻を確認しようとスマホを捜すが、数日前から電源を切ったままなのを思い出す。ラウンジの壁掛け時計は、午前八時三十分だった。三十分後には出発しようかと考える。
なんとなく手持無沙汰で、フロントで渡された観光案内のパンフレットをパラパラとめくった。会計の女性に、近くに神社がないかと尋ねたのだ。恐らくは壮吾を、田舎から出てきたお上りさんだと思ったのだろう。
あいにく、都心に観光に来たわけではない。壮吾はパンフレットを無造作に折って鞄に入れた。
傍らのショルダーバッグとノートパソコンを入れた旅行鞄が、今の壮吾の全ての荷物だった。
――荷物は少なくてもなんとかなるもんだな
本革仕様のショルダーバッグは、塾の仕事に慣れてきた頃に手に入れた大切な相棒だ。
何年も使い込むほどに、元の色のベージュが深みを増し、いい具合の色味になった。手入れもちゃんとしているから、刻にも褒められたことがある。
壮吾は幼い頃から物に執着することがなかった。常に身の回りには必要最低限の物しか置いていなかったし、里親の家を自立した十八歳からの八年間、少ない荷物で困ることなくやってこられた。
身寄りがないから、自分の身に何かあったとき、残された物が少なければ人に迷惑がかからない。そんな思いもあったのだ。
けれど、いくら物が少ないとはいえ、冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ。他にテレビやダイニングテーブル、ベッドなど、人が一人暮らす住まいは、どうしてもかさばる物はある。
――まあ、ベッドは久須美のために買ったようなもんだけどな
元々壮吾はフローリングの床に布団を敷いて眠っていた。だが、刻と身体の関係を持つようになってから、買い足したのだ。
でも、それもこれも、全部手放した。置いて来たのだ。
久須美邸を抜け出した後、自宅マンションには戻らなかった。壮吾が一人で戻ったところで、あの黒い一反木綿 に対抗はできないし、怖い。
管理会社と大家に相談して、家財道具一式、処分を依頼するつもりだ。それにかかる料金は後払いになるが、そこは頼み込むつもりでいる。
久須美邸へ避難したときに、貴重品類は全部持ち出していたし、取りに帰りたくなるほど大事な物は他にない。
――俺の大切なものは、物じゃない。もう二度と会えないあいつなんだから
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