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真実 2

 結界を張り巡らせているという屋敷の外へ抜け出せるかどうか気がかりだったが、杞憂だった。内から外へ出るのは難なく出来て、拍子抜けしたほどだ。  その時点で、スマホの電源はすぐに切った。  行き先を都心に決めたのは、自分を隠すためだ。木を隠すのが森なら、人を隠すのは人混み。上手いこと壮吾を隠してくれたようだ。  それに、黒い一反木綿からも逃げてる身で、人気のない場所へ行くのは怖かった。  刻に助けは求められない。『久須美刻の前から消える』のだから。  夕べは、疲れ切っているはずなのに眠りが浅く、何度も目が覚めた。夢と現実の狭間で、ずっと考えていた気がする。  自分はこれからどうしたいのか、どこへ行きたいのか。  けれど、行きたい場所も、やりたいことも、何も浮かばなかった。自分があまりにも空っぽでつまらない人間だと再確認するだけだった。  ――俺の十年間は、久須美で回ってたんだな    最初は、里親の元へ身を寄せようかと思ったが、それだと久須美に見つかってしまう気がした。けれど、思い出したら懐かしくて電話だけは入れたのだ。 『おかけになった番号は、現在使われておりません』  聞こえたのは無機質なメッセージだった。  今年の年賀状は以前の住所で送ったし、きちんと返事も届いていた。その後引っ越したか、あるいは、固定電話を解約して携帯電話だけにしたのかもしれない。  ――でも、お義母さん達スマホ扱えるのかな。ちょっと心配だな……  里親の両親は二人揃って機械音痴だった。古いガラケーは持っていたが、外出時も自宅に置きっぱなしにしていた。日常の通話は固定電話のみだった。    テレビの録画予約などは壮吾が代わりにやっていた。他にも切れた電球の交換から、リモコン類の電池交換まで、当時数人いた里子の中でも壮吾が年長者ということもあり、それらは壮吾の仕事だった。    面倒だなんて感じたことはない。頼られるのが嬉しかったし、必要とされるのが誇らしかった。  ――もしかして引っ越したのかな、お義母さん達  壮吾が居た頃も、「もう少し家が広ければ」と両親は常々言っていた。もしかしたら、念願叶って広い家に引越した可能性は十分ありえる。新しい里子も一緒に。  マンションの住所宛に引越報告の葉書が届いているかもしれない。だが、もう取りには戻ることはできないのだ。  自分は今後、誰かに必要とされることがあるんだろうかと、壮吾は思った。    刻に必要とされていたのは祖母であり、壮吾自身ではなかった。色情霊の影響を受けた刻に抱かれた、この身体だけ。  ――まあでも、嬉しかったからいいか……  壮吾の人生はまだ長い。  この先の新しい人生の相棒は、刻が買ってくれたこの黒縁眼鏡と、もう一つのスペア、そして刻が褒めてくれたショルダーバッグ。  刻の言う通り、この眼鏡をかけていれば、誰かに執着されることなく平穏に過ごせるだろう。 「壊さないように、大事にしないとな」  御守りで宝物。壮吾はそれが入った鞄を手の平でそっと撫でた。  

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