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真実 4

「――樹齢何年くらいだろうね」 「ああ……」  えっ? と横を見ると、和の空間に不似合いな美しい横顔が御神木を見上げていた。 「く……すみ……?」  淡いヘーゼルの瞳と視線が合う。まぎれも無く、(とき)だった。    長年恋焦がれた相手が、もう二度と会えないと覚悟を決めた想い人が、すぐ隣に立っていた。自分は夢でも見ているのだろうかと思った。    なんでいるんだよ、なんでここに? という壮吾の言葉は声にならない。身じろぎした壮吾の腕を、伸びてきた刻の手ががっしりと拘束した。 「逃げるなよ。……こっちへ来い」    ぐいと引っ張られ、壮吾はふらつきながらついていく。強く摑まれた手首が痛い。混乱した頭のまま、その背中を見つめた。顔は見えないのに、掴まれた手から激しい怒りが伝わってくる。  刻の手は焼けるように熱いし、よく見ると髪が乱れている。もしや、壮吾を捜して走ってきたのだろうか。  境内の端まで歩いたところで刻が立ち止まり、壮吾も足を止めた。 「……言いたいことはあるか」  刻らしからぬ、地の底を這うような低い声色にひやりとする。 「ごめん……でも、俺……」  額からは汗が流れ落ちている。それを拭いもせず、刻は大きく深呼吸をした。    常に涼しい顔で余裕たっぷりの男が、壮吾のために汗を流しているのが信じられなかった。 「久須美、ほんとに……ごめん」  だから消えようとしたのに、という言葉は、やはり声にならない。 「君を責めてるわけじゃない」  刻は壮吾の手首を摑んだまま、どすんと乱暴に地面に座り、ふうっと大きく息を吐いた。 「島ノ江が君に何か余計なことを告げたんだろう。でも、呑気な君のことだから、深刻に受け取らないだろうと高をくくっていたんだ。それがまさか、すぐ行動に移すとはね」  壮吾も隣に座り、その横顔を見つめた。 「僕も、君と何年も一緒にいるうち、呑気がうつったらしいな……」 「だって俺は……もう、おまえに迷惑かけるのが嫌なんだ」 「勝手な考えで行動しないでもらいたいな。いつ僕が迷惑だと言った?」 「おまえは、久須美家の時期当主だろ。千代ちゃんがいないのは事件解決に影響するかもしれないけど、俺は……俺がおまえの傍にいたら、負担かけるばかりだろ」 「本当にそう思っているのか? 春井くん」 「おまえの足枷になりたくないんだよ!」  摑まれたままの手首が痛くてじんじんする。 「僕の傍から離れるのは、許さないよ」  「な……」  真剣な声に気を呑まれる。刻の手が強くて、壮吾は振りほどくこともできなかった。 「だめだ、俺が辛いんだよ……おまえの傍にいるのが」  ――おまえが、好きだから  唇をかみしめる壮吾に、刻は「春井くん」と小さく呟いた。 「君から見たら、僕は腹の内が読めない策士ってところだろうね。だが、僕にとってそれはほめ言葉であり、他人にそう評されれば満足だった。幼い頃から帝王学を叩きこまれて育ったから、他人の心を操作したり惑わせたりするのは楽しい。他人の評価などどうでもよかった。だが、君にどう思われるか、君がどう思うか、この十年の間はそればかり意識していたよ。僕は、それは君の魔性のせいだからしかたがないと思っていたんだ。あるいは、初めて芽生えた友情だとね」    手首は熱いままだ。壮吾は身じろぎせず、刻の言葉を聞いた。 「そもそも男嫌いの僕が、『浄化』のために、性欲を発散するためだけに男を抱けるなんて、そこで気づけって話だ。――僕の意志とは関係なく、選択の機会も与えられず、帝王学と共に成長したことが、裏目に出た皮肉な結果なんだろうね……」

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