65 / 102
二度と離さない 4
刻と壮吾が手を繋いでいても、島ノ江の顔が腫れていても、三人の衣服が汚れていても、皆顔色一つ変えなかった。
ところが、たった一人、にこにこ微笑んでいるメイドがいた。壮吾の世話係の若梅だ。
この状況下での、その笑顔は確実に浮いている。
――若梅さん、なんであんなに嬉しそうなんだろ
「春井くん、こちらへ――そうだ、島ノ江」
「はい、刻様」
「僕の部屋へお茶と軽食を運ばせてくれ。後は朝まで誰も通すな」
「かしこまりました」
刻と壮吾が乗り込んだのはエレベーターだった。
「へえ、エレベーターがあったんだな、気づかなかった」
「僕の部屋は五階だからね」
相変わらずむすっとした調子で刻が答える。
「そっか、五階。……え? 五階!? この屋敷は三階建てじゃないの?」
「正面からは見えない造りだがね。四階部分はないが五階があるんだ」
扉が開くと、いきなり円形状の広い空間だった。
正確には楕円形だろうか。天井は高く、シャンデリアが吊られているが、比較的シンプルなデザインだ。床は絨毯張りではなく、無垢材のフローリングだ。
大きな窓がない代わりに、人が侵入できない幅の縦長の窓がいくつもある。傾斜天井に円形のガラスが嵌め殺しになっていて、充分なあかりとりになっている。
久須美邸の重厚なインテリアとは雰囲気が異なり、ドアなどの建具もモダンなデザインだ。
部屋の中央には黒い革張りの巨大なソファー、サイドテーブル、観葉植物だけ。テレビはない。
「ここは、島ノ江と二人のメイドしか入れない。外の人間で入ったのは春井くん、君が初めてだ」
「俺が、初めて……」
ずっと、手は繋がれたままだ。
車に乗り込んだ時から、壮吾の目を見ないくせに、刻の手の平から熱が伝わるから、ドキドキがおさまらない。
「失礼します。紅茶とサンドイッチ、スコーンをお持ちしました」
メイドの若梅がワゴンを運んでくる。とっさに手を解こうとするが、刻の強い拘束がそれを許さなかった。さっき見かけた時と同様に、若梅はカップに紅茶を注ぐ間も、にこにこしてとても嬉しそうだ。
「若梅、ずいぶん嬉しそうだな」
刻が呆れたように彼女に声をかける。若梅ははい、と元気に答えた。
「だって私、これほどお幸せそうな刻様にお目にかかるのは、初めてです。だから、とっても嬉しいんです」
「えっ、それって、どういう……」
「お茶はワゴンに置いたままでいい、もう下がっていいぞ」
「かしこまりました、失礼します!」
満面の笑みで、若梅はエレベーターの中へ消えた。
刻は湯気の立ち昇るカップを手に取り、紅茶を一口飲む。いつもの香りを楽しむ飲み方ではないし、しかも立ったままだ。
「君も早く飲め。喉が渇いているだろう」
「ああ……うん」
右手が塞がっているから、左手でカップを持ち上げる。壮吾が二口ほど飲むと、刻は「喉は潤ったね」と、腕をひっぱり、壮吾の身体を左手のドアの中に押し込んだ。
広い部屋の中心は、キングサイズと思しき巨大なベッドが占領している。
ドアを閉めてすぐに、刻が唇を重ねてきた。
ともだちにシェアしよう!