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刀禰との面会 7
「刻、そんなところで何をしているんだい」
低く太いバリトンが響いて、その場の空気がピリッと震えた。
――え……
壮吾が振り向くと、刻一行が訪問するはずの屋敷から、上品な袴姿の老人(やたらに威厳のある)が、初老の執事を従えてがこちらに歩いて来るところだった。
「刀禰様」
瞬時に気付いた島ノ江が深く頭を垂れた。
――この人が……
「これはこれは、刀禰様。本日はお招き頂きまして、大変光栄に存じております。こちらから伺うところをご足労いただき、恐れ入ります。アクシデントがございまして、遅れを取っておりました」
刻がおっとり言った。
やや厳しい顔つきをしていた刀禰は、ふっと息を吐いた。
「何を硬っ苦しい挨拶をしてるんだい、刻。恋人の前で格好つけたいのかな?」
「――すみません、恋に狂った男なもので」
刻は大袈裟に肩をすくめた。
「よくまあ、しゃあしゃあと惚気おって。相変わらず面白い男だな、君は」
「お褒めいただき光栄に存じます」
「褒めてねーし」
――威厳あるのに若者言葉も使ってる!
壮吾が刀禰の迫力に押され、その場にただ突っ立っていると、老人は壮吾に視線を向けた。
視線が合った途端、背中にピリッと緊張が走り、壮吾はその目に引き込まれるような感覚を覚えた。
――この人が、刀禰様……
「君が、刻の伴侶だね」
目線の位置は、百七十三センチの壮吾より僅かに低い。が、姿勢がよくシャキッとしているから、大きく見える。
「は、はい、あの、初めてお目にかかります。春井壮吾と申します」
「私は久須美刀禰といいます。よろしく、壮吾くん」
「こ、こちらこそ、よろしくお願いします!」
壮吾は風を起こす勢いで頭を下げ、腰を折った。
柔らかな眼差しで壮吾を見ていた刀禰だが、徐々にそれを鋭いものへと変えた。
「君は……強力な力を持つ何者かに憑かれているね。しかも、ずいぶんと長い間のようだ」
「……あ」
壮吾は『刀禰様にはわかってしまう』という刻の言葉を思い出した。
「あの、それが誰なのか、刀禰様にはおわかりになりますか」
壮吾は祖母のために、勇気を振り絞った。
「俺……僕の、祖母なんです」
「何? 君の御祖母様なのかい。……いや、しかし、この感じは守護霊とは別の気配だが」
刀禰が驚いたように言いつつ、壮吾を睨むように見た。
壮吾は、すぐに気付いてもらえないのがもどかしかった。
――なんですぐわからないんだよ、元陰陽師だろ
壮吾は助けを求めるように刻を見た。刻も、刀禰をじっと見つめていた。
「姿が消えかかっているとはいえ、刀禰様、おわかりになりませんか。遠い昔、貴方の傍にいた人物の存在が」
刻が言った。
「何と……?」
壮吾も何か言おうとするが、刻に手を捕まれた。何も言うなということか。
刀禰の視線が、壮吾から背後に移動する。千代がいる辺りをじっと見つめた。
「遠くてはっきりは見えぬが……。まったく情けないことに、私の力も弱くなった……女性らしき姿が辛うじて見える」
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