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刀禰との面会 8
刀禰は目を眇め見つめるだけで、その女性が千代だと気づいていないようだ。
――なんでわからないんだよ。一番弟子で、愛し合った仲なんだろ?
刀禰の見た目は非常に若々しい。一般的な見解で他人が見たら、刻の祖父だと思われるだろう。
壮吾は、刀禰の年齢までは聞かされていないが、姿勢が良く足腰はしっかりしていて声に張りがあるから、七十代後半くらいの印象だ。
たとえ若く見えても、実際は曾孫がいるような年齢の老人に、昔のことをすぐに想い出せと言うのは酷なのだろうか。
壮吾はいい加減じれったくなって、刻にすり寄ると肘でつつき、上目遣いで見た。
「……おい久須美、全然気づいてないみたいだけど、刀禰様の霊能力はもしかして弱まってんのか?」
小声で伝えた。すると、刻はじっと壮吾を見つめた後、形のよい顎の下に手を添えた。
「ん? どうした?」
「いや。こんな風に、君がすり寄って来たのは初めてだなと思ってね。……少し感動したよ」
「なっ……」
よく見ると刻の頬はほんのり桃色になっている。それに釣られて、壮吾の頬までポポポッと熱くなってしまった。
「この場所が刀禰様の御屋敷内でなかったら、君を抱き締めていただろうね」
「おいおい……だから、不意打ちのデレはやめろって」
壮吾だって、同じ屋根の下に住むようになってから、刻の新たな一面を多々知る度、心臓にダメージをくらっていたのだ。
壮吾は上手く言葉で伝えられない代わりに、刻のスーツの袖をそっと摘まんだ。
「春井くん……」
「ん……」
まるで、付き合い立ての中学生カップルのようにモジモジしてしまう。
猛烈な恥ずかしさが込み上げるが、壮吾はこんな瞬間も嬉しくて、刻に対する愛おしさが胸にじんわりと広がるのだった。
「お二人でほんわかされているところ、誠に恐縮にございますが……」
「わっ」
背後から小声で囁いてきたのは島ノ江だった。
「……島ノ江おまえ、春井くんが来てから生き生きしているな」
「恐れ入ります」
壮吾はハッと顔をあげた。
そうだよ、今はとにかく千代ちゃんだ。なんとしても刀禰様に自力で思い出してもらわなければ。
壮吾は動こうとしない刀禰の代わりに、千代がいる方へ行った。
「春井くん!」
屋敷へ続く通路の脇に、小振りな樹木が並んでいるのだが、そのうちの一つに、千代が隠れているらしかった。
「千代ちゃん、刀禰様が来てるのわかるよね? ねえ、なんとか刀禰様に気付いてもらえるように出来ないかな」
壮吾に千代を見ることはできない。
けれど、十年間も霊体のまま、壮吾を必死に守ってくれた十八歳の女の子なのだ。せめて心残りのないよう、成仏してほしい。
刻と島ノ江がすぐ傍まで来ていた。
「千代ちゃん……くそ、やっぱりだめだ、俺には見えないし、聞こえない。なあ久須美、千代ちゃんはここにいるんだよな。まだ見えてるか?」
「ああ、更に薄くなったように見えるが。――春井くん、まだ、とはどういう意味だい?」
そういえば、と気づく。
なぜが壮吾にはわかっていた。千代が、もうすぐ「役目を終えて消えてしまう」ことが。
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