78 / 102

刀禰との面会 8

 刀禰は目を眇め見つめるだけで、その女性が千代だと気づいていないようだ。  ――なんでわからないんだよ。一番弟子で、愛し合った仲なんだろ?  刀禰の見た目は非常に若々しい。一般的な見解で他人が見たら、刻の祖父だと思われるだろう。  壮吾は、刀禰の年齢までは聞かされていないが、姿勢が良く足腰はしっかりしていて声に張りがあるから、七十代後半くらいの印象だ。    たとえ若く見えても、実際は曾孫がいるような年齢の老人に、昔のことをすぐに想い出せと言うのは酷なのだろうか。  壮吾はいい加減じれったくなって、刻にすり寄ると肘でつつき、上目遣いで見た。 「……おい久須美、全然気づいてないみたいだけど、刀禰様の霊能力はもしかして弱まってんのか?」  小声で伝えた。すると、刻はじっと壮吾を見つめた後、形のよい顎の下に手を添えた。 「ん? どうした?」 「いや。こんな風に、君がすり寄って来たのは初めてだなと思ってね。……少し感動したよ」 「なっ……」  よく見ると刻の頬はほんのり桃色になっている。それに釣られて、壮吾の頬までポポポッと熱くなってしまった。 「この場所が刀禰様の御屋敷内でなかったら、君を抱き締めていただろうね」 「おいおい……だから、不意打ちのデレはやめろって」  壮吾だって、同じ屋根の下に住むようになってから、刻の新たな一面を多々知る度、心臓にダメージをくらっていたのだ。  壮吾は上手く言葉で伝えられない代わりに、刻のスーツの袖をそっと摘まんだ。 「春井くん……」 「ん……」  まるで、付き合い立ての中学生カップルのようにモジモジしてしまう。     猛烈な恥ずかしさが込み上げるが、壮吾はこんな瞬間も嬉しくて、刻に対する愛おしさが胸にじんわりと広がるのだった。 「お二人でほんわかされているところ、誠に恐縮にございますが……」 「わっ」  背後から小声で囁いてきたのは島ノ江だった。 「……島ノ江おまえ、春井くんが来てから生き生きしているな」 「恐れ入ります」  壮吾はハッと顔をあげた。  そうだよ、今はとにかく千代ちゃんだ。なんとしても刀禰様に自力で思い出してもらわなければ。  壮吾は動こうとしない刀禰の代わりに、千代がいる方へ行った。 「春井くん!」  屋敷へ続く通路の脇に、小振りな樹木が並んでいるのだが、そのうちの一つに、千代が隠れているらしかった。 「千代ちゃん、刀禰様が来てるのわかるよね? ねえ、なんとか刀禰様に気付いてもらえるように出来ないかな」  壮吾に千代を見ることはできない。  けれど、十年間も霊体のまま、壮吾を必死に守ってくれた十八歳の女の子なのだ。せめて心残りのないよう、成仏してほしい。  刻と島ノ江がすぐ傍まで来ていた。 「千代ちゃん……くそ、やっぱりだめだ、俺には見えないし、聞こえない。なあ久須美、千代ちゃんはここにいるんだよな。まだ見えてるか?」 「ああ、更に薄くなったように見えるが。――春井くん、まだ、とはどういう意味だい?」  そういえば、と気づく。  なぜが壮吾にはわかっていた。千代が、もうすぐ「役目を終えて消えてしまう」ことが。

ともだちにシェアしよう!