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刀禰との面会 9
「なんで俺、わかるんだろう。――でも、わかるんだ……千代ちゃんがもうすぐ消えちゃうって」
千代の姿は見えず、声も聞こえないというのに。
「彼女が内から君に語りかけているのかもしれないね。……孫である君に」
「久須美、ひょっとして刀禰様は千代ちゃんに子供が出来たこと、知らないのか」
刻の表情が険しくなった。
「すまない春井くん、実は、その可能性が大なんだ」
「え、ほんとに……」
島ノ江も同様のようだった。
――うそだろ! 五十年も知らずに?
「恐れながら、千代様が若くして亡くなったことはご存じかと。しかし、身重で出産されたことは」
その表情を見れは一目瞭然だ。
「……知らないのかよ」
何も知らず刀禰は、こんなに立派な屋敷で何十年ものうのうと暮らして来たのか。
十八歳の若く美しい弟子が、愛する人に知らせずに、心細い思いをして赤ん坊を産み落としたことも。断腸の思いでこの世を去ったことも。
生きていれば色んな事があるけど、でもきっと、楽しいことも沢山あったはずだし、娘の家族や、孫の壮吾に会えていただろう。
――俺はずっと、自分の人生は幸薄いと思っていた。でも、親の顔を知らなくても、助けてくれる人や手を差し伸べてくれた里親の両親や、仲間の里子達がいた。そして何より、久須美に出逢えた
千代を身近に感じるようになっている今だからこそ、千代の無念さが痛いほど身に染みた。
「春井くん君、涙が」
「これは俺じゃない、千代ちゃんの涙だ」
壮吾は大股で刀禰の前まで戻り、千代の涙をボロボロ零しながら言った。
「壮吾くん、君、今『千代』と言ったかね。まさか、君の祖母というのは」
「はい、言いました。この涙は、俺の祖母が流しているんです。祖母の千代が泣いているんです」
「なんと……」
さすがに刀禰は動揺を隠せないのか、振り返って自分の執事を見た。島ノ江の父親だという執事は、目で頷く。
「恐れながら刀禰様。勢四朗の機密調査によりますと、刀禰様の一番弟子の千代様は亡くなる前……出産された記録を残しておりました」
「なんだと! まさか、出産! ……それは、その、お子は……」
執事が答える前に、壮吾が言った。
「あんたの子供だよ!」
刀禰の目が限界まで開かれる。
壮吾の背中を、刻が支えるように触れている。その体温に安堵しながら壮吾は刀禰に言った。
「俺の祖母の千代は、俺の母親を産んですぐに亡くなったんだ。愛するあんたに真実を告げずに、たった一人で、まだ十八歳だったのに……」
新たに流れ始めたのは、壮吾の涙だった。
千代の涙と壮吾の涙がボロボロ目蓋から零れて、立っているのも辛くなる。
刀禰は瞠目したまま壮吾を見据え、立ち尽くす。主人を心配してか、初老の執事が刀禰の近くに寄り添った。
「千代、千代なのか、本当に、千代……」
刀禰の視線が、壮吾から外れて背後に移動する。ようやく、霊体の女性が千代だと認識したようだ。
――よかったね、千代ちゃん。気づいてもらえたよ
ほっとした途端、ぐらりと壮吾の視界が回転した。
「あれ……」
ビュッと強い風が吹き、その風圧で壮吾は後ろに仰け反った。
――倒れる!
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