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刀禰との面会 10
それは竜巻のようにくるくると壮吾の身体に回ると、壮吾の意識ごと包み込んだ。
「春井くん!」
――久須美……
刻の叫ぶ声が聞こえたきり、壮吾は、意識を手放した。
遠くで誰かが話している。
宙を漂うようにふわふわして、ぼんやりしている。
意識はある。
けれど、ただそれだけ。
何も考えられない。
話し声が徐々に近づいてくる。
三人位だろうか。
何を熱心に話しているんだろう。
――……本当に、……なのか――
――はい。私は……お目にかかれて……――
――……さん、春井くんを……してください――
男性の声に混ざって、鈴の音のような女性の声が徐々に耳に届き始めた。
――刀禰様、私はとても幸せでございました……――
――千代、辛い思いをさせて本当にすまなかった――
――刻様、そうちゃんを、どうかよろしくお願いします……――
千代ちゃんなの? え、そうちゃんて、俺……?
――あなたに言われるまでもない、僕が一生かけて世界一幸せにしてみせますよ――
これはあいつの、久須美の声だ。俺の好きな、音楽を奏でるような滑らかな声。おい久須美、千代ちゃんに何恥ずかしいこと言ってんだよ。
最近はいつも一緒にいられるから、少しでも離れるとなんだか淋しい。
早く会いたいよ、久須美。
――いくん……春井くん……おい春井くん、いつまで眠りこけてるつもりだい? さっさと目を覚ましたまえ。これから出掛けるぞ。僕は君が一緒でないと嫌なんだ。春井くん……早く目を覚ましてくれ――
その声は久須美か。悪いけど、眠くてしかたがないんだよ。
最近おまえがなかなか寝かせてくれないのが原因だろ。もう少しでいいから惰眠を貪らせてくれ。眠すぎて目蓋が開かないんだよ。
――嫌だ。僕は眠くないから君も起きてくれ。出掛ける時間を遅らせてティータイムにしよう。さあ、起きて。若梅が焼いたスコーンもある――
え、スコーンか、それは魅力的だなあ、でも、まじで眠すぎて身体が砂の中に沈んでるみたいなんだ、これじゃ起き上がれないよ。
――だめだ、早く起きろ。でないと……君の眼鏡をすべて、「ド派手な羽根付きの特注品」に変えてしまうぞ――
「いやだ! それだけは勘弁してくれ!」
自分の声で目が覚めた。
天井――ではなく、テントのように垂れ下がっている紺色の布が見えた。
天蓋付きのベッドのようだ。
――あれ、久須美の家のベッドとは違う……
「春井くん、目が覚めたかい」
顔を動かすと、刻が壮吾の顔をのぞき込んでいた。やけに青ざめて見える。どうやら、ひどく心配をかけてしまったらしい。
「久須美……俺」
「君は気を失っていたんだ。千代さんが、君の身体を借りて刀禰様と対話したからね。体力を持っていかれたんだろう」
そう言う刻の方が、病人のような顔をしている。壮吾はその頬に手を伸ばそうとして、右手がしっかり刻に握られているのに気づいた。
ああそうか、ここは刀禰様のお屋敷なんだなと理解する。
「じゃあ、千代ちゃんは刀禰様と話せたのか……よかった」
「ああ、君のおかげでね」
夢の中で聞こえた声は、千代の声だったのだ。
「千代ちゃんは……まだいるんだな」
「さすが、君はもう千代さんの気配がわかるんだな。しかし、彼女は更に薄くなって、今にも消え入りそうだよ」
「久須美、俺、千代ちゃんの声を聞いたよ。三人の会話が聞こえたから」
「そうか……」
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