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壮吾、覚醒 1

 刻はすこぶる機嫌が良かった。  壮吾が倒れたのは心配だったのだが、健康体の壮吾の回復は早く、刀禰の主治医によれば問題なしとのことで、胸を撫で下ろしたばかりだ。    しかし、いくら生まれつき身体が丈夫でも、精神が弱っていたなら、容赦なくあちらの世界に引っ張り込まれていたところだ。  今までは千代が護ってくれていたが、千代の力が弱っている今、油断は禁物だった。  さすが刀禰の敷地内。結界は張っていないらしいが、不埒な地縛霊や怨霊の類は引き寄せない場所らしい。  しかし、機嫌が良いのはそれだけではなかった。  意識が戻った直後の壮吾が「おまえに会いたかった」などと、普段なら決して口にしない甘い台詞を言ってくれたからだ。  春井くんのデレこそ最強だな……。  普段の壮吾は、見た目の可憐さとは違い、中身はサバサバして男らしい。それは彼の良いところだし、刻も気に入っているのだが、晴れて両想いになったというのに、恋人同士の甘い空気にまだ慣れないらしい。  恥ずかしがっている彼も可愛いのだが、もっと、そう、わかりやすく言えば一般的な恋人同士のように「いちゃいちゃラブラブ」したいと思ってしまうのだ。  まあ、夜は思いっきり大胆に甘えてくれるから、何の問題もないのだが……。(いけない。こんなに陽の高い時間帯に彼の可愛い痴態を思い浮かべそうになってしまった)(春井くんに知られたら烈火の如く怒られそうだ)  刻は、少し離れて座る恋人を見つめた。  壮吾はティーカップを手元に置き、窓の外に視線を向けている。  刀禰邸内の、休憩のため案内されたこの客間は、外観の江戸時代を連想させる超和風建築とは時代背景が異なっており、大正レトロモダンなインテリアだ。  壁は落ち着いた小豆色。窓枠や建具は黒に近い濃いブラウン。    使い方によっては品のない仕上がりになりそうな色の組み合わせが、センス良く上品で、尚且つ落ち着いた部屋になっているのはさすがだ。  この部屋に通された客人は皆、タイムスリップした気分に浸れることだろう。  この部屋のインテリアと、壮吾の深いグリーンのウインドーペーンのジャケットが妙にマッチしている。  刻は壮吾が気づいていないのをいいことに、恋人の顔を好きなだけ眺めた。  長い睫毛に縁取られた切れ長の大きな一重瞼。    額からすっと筆を下に払ったような上品で小ぶりな鼻。    控えめな下唇が可愛らしい肉厚の薄い唇。    陶器のような滑らかな肌。    形の良い頭部を流れるように包んでいる、青味がかった黒髪。  肌と髪に関しては、格段に瑞々しく美しさに磨きがかかっている。  ――これで、自分は平凡だ、なんて思い込んでいる春井くんは本当に面白い人だ。その目に見つめられたら、誰もが溺れてしまうのに……  壮吾が借りていたマンションを引き払い、自分の屋敷に壮吾を連れてきた直後。  刻はシェフに相談しながら、壮吾に必要な栄養やビタミンが豊富に含まれた特別メニューを考えた。  一緒に食事を摂るようになり、壮吾があまり食に興味を示さないことに気付いたのだ。  好き嫌いはなく、出された食事は完食するし、美味しいと言うのだが、何が食べたいか聞いても、必ず何でもいいと答える。  

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