83 / 102
壮吾、覚醒 2
どうやら壮吾にとって一日三度の食事とは、「生きて活動するためのエネルギー源」に過ぎないようだ。
刻は少なからずショックを受けた。
刻は幼いころから食事のマナー全般を叩きこまれていたし、食事は栄養を摂るだけの行為ではないというのを学んでいた。
彩りを目で楽しみ、食欲をそそる匂いを楽しむ。そして何より、食事の席を共にする人との会話を楽しむものだと教わったのだ。
八歳から、両親と離れ屋敷に移り住み、一人で食事を摂ることになったが、常に島ノ江達との会話を楽しみながら食事をしたものだ。
日に三食の食事は大切だが、事件現場の梯子で時間が取れない時は食事を抜くことは多々あった。(その度島ノ江から小言を言われたが)(その代わり午前と午後のティータイムは欠かさなかったが)刻自身何でも美味しく食べられる質だ。
しかし、実は食に執着もしていなかった。そんな部分は、刻と壮吾、似たもの同士なのかもしれない。
しかし、ここでは個人的な考えはこの際、置いておくことにする。
食事は、ただ、与えられたエサを食するだけのものではないと、刻はそう教わり成長してきた。
だから愛する彼が、エネルギー補給のためだけに(本人に自覚はないだろうが)食事をしているという事に、衝撃を受けてしまったのだ。
壮吾の生い立ちを考えれば、致し方ないことかもしれない。
むしろ、三食の食事を摂ることを学ばせてくれた里親に感謝しなくてはとさえ思う。
これからはずっと一緒にいられるのだ。時間はたっぷりある。
その中で徐々に、壮吾に食事の楽しみを知ってもらえればいい。
そして、自分が平凡で地味な人間だと思い込んでいる恋人に、どんなに美しく魅力的な人間なのか、自覚してもらいたい。
壮吾のためにシェフと一緒に考えたメニューは如実にその成果を現していた。
まず、壮吾の肌が更に瑞々しくきめ細かい陶器肌になった。瞳は生き生きとして、ヘモグロビン数値がやや低めだったのが平常値になった。
元々美しかった髪は、更に艶やかになった。刻が壮吾の髪質に合ったシャンプーとコンディショナーを海外から取り寄せたこともあり、艶々のサラサラで、刻はつい日に何度も彼の髪に触れてしまっている。(時と場合によっては怒られる)
「不思議だなあ……この部屋は大正時代なのに、自分が溶け込んでる気がする」
なんちゃって、と言いながらふふっと微笑む壮吾に、刻の心臓はドゥンク、と大きめの鼓動を刻んだ。きゅん、ではなくドゥンク、だ。
壮吾の、自然で無防備な笑顔は心臓に悪い。
つい、まだ完全に回復していない壮吾の身体を抱きしめ、濃厚な口づけを交わしたい衝動に駆られてしまうではないか。
「君の今日のジャケットの色が、この部屋のインテリアと相性が良いんだろうね」
「あ、そうか。へへ」
刻は、抱き締められない代わりに、右手を伸ばして壮吾の手の上に重ねた。
壮吾は、あっと顔を上げて刻を見るが、次に頬を赤らめ、再び窓に視線を向けた。拒絶されなかったことに安堵し、刻も壮吾の視線の先を辿った。
ともだちにシェアしよう!