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壮吾、覚醒 6
「いや、私も準備に手間取ってね。待たせてすまなかった」
白袴姿の刀禰の手元には、数珠が握られていた。刀禰の隣に寄り添う千代は、先ほどと同じく穏やかな表情で壮吾を見つめている。
「刻様、春井様、こちらへどうぞ」
「ありがとう」
乗治朗に促され、刻と壮吾は刀禰の向かいに腰を下ろした。
刀禰はどうやら、隣に座っている千代の存在に気付いているようだった。
「私はかつて、遠い昔、陰陽師だった」
刀禰の視線は、壮吾に向けられている。隣に座る壮吾の身体から緊張が伝わってくる。
「はい。あの、刻くんから聞きました」
刻は思わず恋人を見た。
今春井くんは「刻くん」と言ったか……?
刻の視線に気づいているだろうに、壮吾は平静を装ってスルーしている。
ほう……。今夜が楽しみだ。是非ともベッドの中で「刻くん」と呼んでもらおうか。
刻は密かに決心した。
刀禰の話は続く。
「若くして久須美家の当主となった私は、退屈な毎日に飽き飽きしていてね。それで陰陽師になった。元々、人とは違う能力が自分にあると気付いていたからね」
壮吾が、「当主って暇なのか?」と、目で刻に訴えかけてきた。
趣味で探偵をしている刻に、否定する理由はない。
「久須美の知名度が功を奏してね。私のもとにはあらゆる界隈の人達から仕事が舞い込んだよ。依頼内容は様々で、悪霊退治から除霊、浄霊、何でもやった。千代に出逢ったのはその十年後くらいだった」
千代が、懐かしむように刀禰を見つめている。刀禰も、千代が座る隣に視線を向けた。
刀禰がどんな方法で千代を成仏させるつもりなのか不明だが、ここは静観してもよいかもしれない。
いざとなったら、その時に考えればいい。刻はそう思うことにした。
「千代との出逢いは、私にとってかけがえのないものだった。初めは師匠と弟子の関係だったが、いつしか私は千代に強く心惹かれるようになった。妻子ある身でありながら、彼女への想いを止めることができなかったのだ」
刀禰の隣の千代が、涙ぐんでいる気がする。
「千代、こんな老いぼれた姿で伝えることになってしまって本当に申し訳ないと思っているよ。でも、これだけは言わせてくれ」
千代が食い入るように刀禰を見つめた。
刻と壮吾も、静かに二人を見守った。
「私の子を産んでくれて、ありがとう。孫の壮吾くんに会わせてくれて、ありがとう。そして……その事実を知らずに数十年間、のうのうと生きてきた私を、どうか許してほしい」
刀禰は、千代に向かって深々と頭を垂れた。
『刀禰様、お顔を上げてください』
千代は、慈しみ深い眼差しで刀禰を見つめた後、壮吾へ視線を向けた。隣に座る壮吾が息を呑むのがわかった。
壮吾の横顔は、真っ直ぐ千代を捕らえている。
――春井くん、千代さんが見えているのか……
再び刀禰に視線を戻した千代は、涙を浮かべて微笑んだ。
『私は刀禰様に出逢うまで、幸せには縁のない女でした。けれど、刀禰様に出逢ったことで、愛する喜びや幸せを知りました。私の中には感謝の気持ちしかありません。申し訳ないなんて、そんな悲しいこと言わないでください』
千代の頬から、宝石のような涙が零れた。
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