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壮吾、覚醒 7

『私は、とても幸せでした』 「千代……」  千代を食い入るように見つめる壮吾の頬も、涙の雫で濡れていた。  刻は、そっと壮吾の手を握った。 『刀禰様、私の分もそうちゃんを可愛がってください。あなたの孫のそうちゃんの幸せが、私の幸せです』 「千代ちゃん……」  壮吾の涙は顎を伝い、ぽろぽろ零れ落ちていた。刻は、ポケットからシルクのハンカチを引き抜くと、壮吾の手に握らせた。壮吾は赤い目で刻を見つめると、ハンカチで涙を拭いた。 「安心してくれ、千代。壮吾くんは君が残してくれた唯一の宝、私の孫だ。今まで会えなかった分も、大切にするつもりだ。私の養子として迎えて、そして刻との婚約を認めよう」 「えっ」  と春井くん。 「刀禰様!」  刻は思わず叫び、立ち上がった。 「今のお言葉、本当にございますか!」  隣の壮吾は固まっている。常に冷静沈着な島ノ江も、身を乗り出している。    刀禰は、立ち上がった刻を見て驚き、感心した様子で言った。 「驚いたな……。刻、君は本当に壮吾くんが大切なんだね。そんなに慌てた様子の君を目にするのは初めてだよ」  刻は、「当然です」と言い、はっと息を吐いて座り直した。 「春井くんとは、十年間良き友人でしたが、僕は恋情を隠し通してきました。彼もずっと僕と同じ気持ちでいてくれたと知ったとき、どんなに嬉しかったか……まさに、史上最高の喜びを感じました。春井くんは、僕を人間らしくいさせてくれる、唯一のかけがえのない人です。これから先の人生を共にするのは春井くん以外に考えられません」  壮吾の手がすっと伸びて、刻の手に重なった。    見ると、壮吾が泣き笑いのような表情で刻を見つめていた。  刻は、壮吾に微笑みかけてから刀禰に向き合った。 「心から、春井くんを愛しています。彼だけを愛し続けると誓います」 「久須美……」  壮吾が、赤い目を潤ませて刻を見た。刻は壮吾の手を改めてしっかりと握りしめた。 「壮吾くん、君の気持ちを聞かせてくれないか」  刀禰が壮吾に言った。    壮吾は、やはり刀禰に見つめられると緊張するのか、自分を落ち着かせるように小さく深呼吸した。 「刻くんに出逢った頃から、ずっと想いを寄せていました。でも、初めから諦めていました。刻くんは男嫌いだったし、何より住む世界の違う人です。友人なら許されても、好きになってはいけない人でした。俺は天涯孤独の身だったから、物心つく頃から諦めたり忘れたりするのは得意で。でも、刻くんのことは……」  壮吾は刻のハンカチを目元に当てた。 「諦められても、決して忘れたくないと思いました。彼の前から消えようと決心したとき、全て捨ててもいいと思った。でも、彼へのこの想いだけは捨てたくなくて、忘れたくないって……」 「春井くん……」  まさか、人前で彼の熱烈な告白を聞かせてもらえるなんて。  刻は感動と喜びで昇天しそうだった。    さすがに壮吾は恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。色が白いから一目瞭然だ。しかも涙目。――非常に目の毒である。  

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