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壮吾、覚醒 9
「でも、どんなに心地良くて温かくても、おまえが居ないければ、それは空っぽの虚構だ。俺はたとえ暗くて凍えるような世界でも、おまえと一緒にいたいよ」
「春井くん。……同じだよ。僕だって、君がいる世界がいい」
眩しすぎて表情はわからないが、壮吾の声の様子で、その目は潤み、口許は笑みをたたえているのが容易に想像できる。
「久須美……」
「春井くん!」
眩しい日だまりの中、刻と壮吾はひしと抱きしめ合った。
非現実的な状況だからこそ、壮吾はこんなにも甘い言葉を連発してくれるのだ。
しかし、刻は幸せな気持ちで胸がいっぱいで、このまま壮吾と共に光に飲み込まれてもいいとさえ思った。
――だが、それは八十年後にしたい
光に目が慣れてくると、壮吾の輪郭はわかるようになってくる。
刻は見た。
目が眩むような光の中、千代が壮吾の肩に手を置き、刻に向かって微笑みかけていた。
千代の唇が動くが、なぜかその声は刻の耳には届かなかった。
「千代さん」
次の瞬間、三人を包んだ光がより強く光り輝き、目を開けていられなくなる。
「くっ……」
刻は、壮吾の頭ををかばうように抱きしめ、きつく目を閉じた。
「刻さま!」
はっと目を開けると、視界は通常に戻っていた。
多少目がチカチカする気もするが、刀禰の広いリビングだった。
「刻様、ご気分はいかがでしょうか」
「――島ノ江、僕は問題ないよ」
島ノ江の目に安堵の色が浮かぶ。
刻の腕の中の壮吾は、まだ目を閉じたまま、刻にぐったりと身を任せていた。
「春井くん、春井くん」
壮吾の身体を軽く揺するが、なかなか目を開けてくれない。
いつもより顔色が白く見えるから、一刻も早く目を覚ましてほしかった。
「春井くん!」
気付いた刀禰と乗治朗も、急いで刻と壮吾の傍に来る。
「壮吾くんはまだ目覚めないか」
「はい。息はありますが」
すっと刀禰が壮吾の傍らに寄った。
「ゆっくり、壮吾くんの身体を起こしてくれ」
「はい」
島ノ江の手も借り、刻は壮吾の身体を起こした。刀禰は呪を唱え、九字を切り、「えいっ!」っと、壮吾の背中に気を送り込んだ。
カッと壮吾の目が開きヒュッと息を吸い込むと、ゴホゴホと咳き込んだ。
「春井くん!」
「うっ……」
嘔吐くようにむせるのが苦しそうだ。刻は、壮吾の背中を擦りながらひどく安堵していた。
ゴホゴホゲホゲホとしばらく咳き込んだ壮吾は、刻に身体を任せ目を閉じた。その眦からは、ツーっと涙の痕が部屋の照明に反射した。それを指で拭ってやる。
刻の肩に刀禰の手がポンと乗った。
「……もう、大丈夫だろう」
刀禰のその言葉を聞き、刻は目頭が熱くなるのを感じた。
「ありがとうございます、刀禰様」
「礼など不要だ、刻。私は自分の蒔いた種を修めただけ。千代や壮吾くんには、本当に何度詫びても足りないくらいだからね」
壮吾の様子をじっと見つめた後、刀禰が呟く。
背後に控えていた乗治朗が、白い湯飲みを刀禰に手渡した。
「これを飲ませてあげなさい」
刻はそれを受け取り、壮吾の口へ近づけた。
「春井くん、飲めるかい」
壮吾は刻の呼びかけに頷き、湯飲みに手を伸ばした。喉が渇いていたようで、口に含むと、ごくごく飲み始めた。
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