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壮吾、覚醒 10
「慌てないで、ゆっくりでいいよ」
薄っすら目を開けた壮吾が、刻を捜すように視線を動かした。その艶めかしさにドキリとするが、今は壮吾に白湯を飲ませるのが最優先だ。
しかし、こくこく湯を飲む壮吾の白い喉が上下するのを目にする度、刻の心臓はドクドクと鼓動を打ち付けてくる。
――いったい、どういうことだ
刻は、千代が成仏することにより、壮吾が自分を見る瞳のフィルターが外れるのではと期待していた。
ところが、腕の中の壮吾は、美しさが更に際立っている。これはいったいどういうことだ。
――いやしかし、僕だけにそう見えている可能性も……
刻の戸惑いが伝わったのか、傍らに静かに立つ刀禰が言った。
「乗治朗、おまえから見て、壮吾くんはどう見える」
刀禰は、自身が最も信頼する執事に問いかけた。
主に問われた乗治朗は、目を細めて答えた。
「はい刀禰様。壮吾様のお顔や御髪が、華やかに、輝くように、更に美しくなられたようにお見受けいたします」
「同じく、私にもそう見えるよ」
乗治朗は続けた。
「初めて壮吾様にお目にかかれたとき、刻様と並ばれて見劣りしない御姿に驚きました。また、ご本人にその自覚がないのが、大変微笑ましいとも」
刻は、壮吾の背中を擦りながら、二人の会話を注意深く聞いた。
「けれど、その自覚がないのは危険に思えるほど、壮吾様は変わられました」
「そうだな。しかし、そればかりは私にもどうすることもできない」
刻は思わず口を挟んだ。
「方法はないのでしょうか」
「ないこともない。――が、後は本人の気持ち次第だろうね。彼はよく言えば奥ゆかしい。逆を言えば自己評価が低い」
「はい」
「刻、おまえが壮吾くんに言い聞かせるのが一番の近道ではないかな」
「僕が……」
刀禰はゆっくりと頷いた。
「眼鏡に強めの呪いをかけておこう。既におまえも施してあるだろうが、その効力が二倍になる。勢四朗や家臣達以外の人間の前では以前にも増して警戒が必要だ」
「はい、重々承知しております」
壮吾が刀禰の養子になり、久須美の人間になれば、一般人の男と接近する機会はグッと減る。
しかし、刻が護りたくても、二十四時間壮吾にぴったりくっついていられるわけではない。
過去を悔やむ体験がほぼ無いに等しい刻だが、この十年の壮吾への態度に我ながら呆れていた。
壮吾が好きで、その魅力に心を奪われていたくせに、壮吾を前にすると、口から出るのは本音とは真逆の台詞ばかりだった。
『君の地味な一重目蓋』と、何度言葉にしただろうか。
よくもまあ、心にもないことを十年間も言い続けられたものだ。
――ツンデレを拗らせた僕の罪は重いな
湯飲みから口を離した壮吾が、ゆっくり目を開けた。
「春井くん、気分はどうだい」
壮吾の目が開くと、開花を待ち焦がれた花が咲いたように周囲がパッと華やかになった。
瞬きするだけで、長い睫毛の先に光の粒が舞うようだった。
「おう、なんか白湯飲んだらすげえスッキリした」
そして、その魅力的な唇から零れたとは思えないような、男らしい口調。
世間で言うギャップ萌え。
――これは本当に、危険だ……
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