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刻の意外な一面 1
この光景は何度目だろう。
辺り一面真っ白で、上下左右の感覚がない。
宙に浮いている気はするけど、ふわふわして心地よくて、頭が働かない。
そう、安心感に包まれてるから、「まあいいか」って感じになってしまうのだ。
『そうちゃん』
鈴の音のような澄んだ声が聞こえた。微かに、甘く爽やかな香りも鼻をかすめる。
優しくて、温かくて、遙か昔に嗅いだことのあるような、不思議と懐かしい匂いだ。
――誰?
『そうちゃん』
もしかして……千代ちゃん?
「千代ちゃんなの? 姿見えないけど、どこにいるの」
『ごめんねそうちゃん。まだ、姿は出せないみたいなの。でも、これからはいつでもこうして、そうちゃんと話せるのよ』
「話せるのは嬉しいけど、千代ちゃん身体は大丈夫なの?」
『大丈夫よ。……ふふ、心配してくれるなんて、なんだかそうちゃん、私のお兄さんみたい』
うわ、千代ちゃんの声だけでもレアなのに、笑い声まで聴けるなんて!
壮吾は感動していた。なんだか、憧れていたアイドルにやっと逢えたような、そんな感覚に近いかもしれない。
「いやだって、千代ちゃんは十八歳の女の子なんだから、年上の俺が心配するのは当然だろ」
『ありがとうそうちゃん。あのね私、これからもそうちゃんの傍にいられるみたいなの』
「えっ、ほんと? だから話せるようになったのかな」
『ええ。ただ、そのせいで、私の能力がそうちゃんに移ってしまうみたい。でもその力があれば、刻様のお仕事の力になれるわ』
「千代ちゃんの力が俺に……」
刻の仕事(趣味)の探偵業は、解決に導く鍵が霊達との対話と交流だと聞いた。
刻も直接、霊との対話は可能らしいが、なにしろやんごとなき身分のため、そのほとんどが一般人の霊達は、なかなか心を開いてくれないらしい。
生きている人間の女性の扱いを最も得意とする刻だが、それが亡くなった女性となると、そうもいかないのだ。
そこで千代の出番だ。
千代は、既に肉体を持たない霊体で、強力な霊能力を持っている。
力のある同じ霊体の千代の方が、刻よりも数倍信頼がおけて、心を許せる相手なのかもしれない。
亡くなった人だって、心はあると思う。
実際千代は、数十年前に亡くなっているのに、まるで生きている人間のように感じられるからだ。
「俺が、久須美の力になれるってことか」
『ええ、そうよ。それに、私も傍にいるから、そうちゃんが困ったときはアドバイスできると思うの』
「それって凄く心強いな」
ふふっと鈴を転がすように千代が笑った。
過去には何度も刻に呼び出され、事件現場に立ち会ってきた。しかし、壮吾は常に蚊帳の外だった。
刻が壮吾を毎回呼ぶ理由が、千代の力が必要だったから、という事実を後に知り、ショックを受けたのは記憶に新しい。
その千代の力を壮吾が持つということは。
公私共に、刻のパートナーになれるということだ。
刻は、今のままの壮吾でいいと言ってくれた。壮吾が刀禰の養子になれば、事実上は久須美家の人間として隣にいられる。
が、やはり育ちの違いは埋めようがない。
壮吾が千代の力を持つことで、刻の隣に堂々と立てる確かな理由ができる。そしてそれは、壮吾の自信と強みになっていく気がする。
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