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刻の意外な一面 2
『そうちゃん、刻様が呼んでる。とても心配なさっている様子だわ』
「久須美が?」
『少し気分が悪くなるけど、水分を取れば落ち着くから安心して。さあ、ゆっくり目を開けて――』
「うん、わかった」
◇
「おーー、すっげえ~」
広いリビングのカーテンを開けると、硝子の向こうには立派な日本庭園が広がっていた。
池の中には錦鯉が悠々と気持ちよさそうに泳いでいる。
「枯山水も綺麗だったけど、これは見事な庭園だなあ。池があるから池泉庭園か」
「そうだね。周囲をぐるりと見られるから、池泉回遊式庭園だ。僕もここに来る度、見とれてしまうよ」
刻が頷きながら言った。
池に目を奪われて気付かなかったが、その奥には橋が架けられている。向こう側からも是非とも見てみたい。
それにしても、リビングからこんなに立派な庭園を眺められるなんて最高だ。なんて贅沢なんだろう。
壮吾の口から思わず感嘆のため息が零れた。
そして、巨大な掃き出し窓を挟んだ向こう側には、池に沿ってウッドデッキが設置されている。それは、和風空間に不思議とマッチしていた。
「壮吾くん、外へ出てみるかい?」
刀禰が言った。夢中で窓にへばり付いているのを見られていたようだ。
「え、いいんですか」
「もちろん」
「春井様、窓を開けますので、お下がり下さい」
「あ、はい」
乗治朗と島ノ江が窓を開けた。すすすーっと横に窓硝子をどこまでも押していくと、窓が次々戸袋に収納されていく。
あっという間に、庭園に面した窓が全開になった。サッシの枠が一切無いから、テラスと一続きの空間になる。
「すごい……リビングとテラスが一体化して、庭園まで続いてるみたいだ」
「昼食後に刻と散歩するといい」
「はい、是非。枯山水も、もっとゆっくり見たかったんです」
刀禰は、元気よく答えた壮吾に、目を細めて笑った。
「壮吾くんは若いのに、日本庭園に興味があるようだね」
「あ、はい。仕事で、世界の庭園を紹介する本を訳したことがあって、そこに日本庭園も載っていたんです。それで興味を持ちました」
里親の家が古い和風建築だったり、お義父さんの趣味が盆栽だったのも、少なからず影響しているのかもしれない。
「そうか。君は、翻訳の仕事をしているのかね」
「はい」
刀禰が前に進む。壮吾もその後に続き、ウッドデッキの端まで歩いて行った。すぐ下が池だ。
色とりどりの鯉が、広い池の中を悠々と泳いでいる。錦鯉だけではなく、金色やオレンジ色、プラチナのように光る白いのもいる。
「可愛いなあ」
なんだか、いつまでも眺めていたくなる。
――いいなあ、こういう感じ……
左に刀禰、右に刻。背後には島ノ江と、その父親の乗治朗。ここには、穏やかな空気が流れている。
贅を尽した見事な庭園を、刻と一緒に見られることこそが、贅沢なことだと思える。
「壮吾くん」
「はい」
「これから少しずつ、君の事を教えてくれるかい。二十六年分の壮吾くんの歴史を知っていきたいんだ」
刀禰が言った。その眼差しはとても優しげだ。
「はい、刀禰様。喜んで」
今朝の時点では、こんな風に刀禰と言葉を交わせるなんて、想像もできなかった。
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