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刻の意外な一面 5

 常に堂々として自信たっぷりで、年齢問わず全ての女性をうっとりさせてしまう、この男が。 「なあ」 「なんだい?」 「傍に行ってもいいか」 「えっ……」  ほらな。  動揺している。まだ変だ。 「ダメなのか?」 「いや、ダメでは……ないが」   本当に、こんなにはっきりしなくて、変な態度の刻は珍しい。  壮吾は焦れったくなって、許可が下りる前に勢いよく立ち上がると、刻の傍に行った。 「春井くん……」  すぐ隣に座り、ぐっと顔を近づけると、一瞬目を合わせた後、刻はぱっと顔を背けてしまった。  刻の髪や顎から、雫がぽたぽたとこぼれ落ちる。  もしも想いが通じ合う前、刻からこんな態度を取られたら、嫌われたと勘違いして、ショックで立ち直れないかもしれない。    しかし今の壮吾は、刻がどんなに自分を大切に想ってくれているか知っている。   壮吾が迫ると刻が後退する。近づくと離れる。という動きを繰り返す。まるでコントのようである。  広い浴槽の水面が波打ち、二人が動く度にざぶん、ざぶん、と湯が外へ流れる。  まるで水中追いかけっこだ。壮吾は呆れながらも辛抱強く続けた。  いつの間にか円形の浴槽に沿って、二人でぐるぐる波を立てていた。 「なんだよこの状況、流れるプールかよ! おい久須美いいかげんにしろよ、おまえ本当に変だぞ。なんで俺から逃げんだよ!」 「いや、その、身体が、勝手に――」 「んなわけあるか!」  これではらちが明かない。  壮吾は湯の中に潜り、潜水の要領で刻に近づこうと考えた。  刻の反対側、浴槽の端まで行き、湯の中を蹴伸びすればいい。湯の温度は低めだから、長く浸からなければ、のぼせることもないだろう。    壮吾は、ざぶんと湯船の中に潜った。 「春井くん?」  潜る直前、刻の声が聞こえた気がしたが、壮吾は既に浴槽の中だ。    しかし、潜水で勢いよく刻の近くへ行くつもりが……。顔を少し傾けた拍子に、耳に湯が入ってしまった。    その不快感に耐えられず起き上がろうとするが、足を滑らせ壮吾の身体は再び浴槽にダイブした。 「ぶはっ!!」  バッシャーン! と無様に倒れこむ。   「春井くん!」  上手く立ち上がれず、浅い場所で溺れる人みたいに、情けない状態でバシャバシャやっていたら、刻が引き上げてくれた。 「ほら、掴まるんだ!」 「ゴ、ゴボ、ゴボボ……」    湯は飲まずに済んだがまともに喋れない。 「あ~、左の耳もゴボゴボいってる」 「潜ったりするからだ。プールじゃないんだぞ」  呆れた風に言う刻に、壮吾はチャンスとばかりに抱きついた。 「隙あり!」 「あっ…」    顔を拭う間もなかったから、壮吾の目は開いてない。だからなのか、刻の濡れた裸体の熱さをやけに生々しく感じた。  濡れた肌と肌がぴったり密着し、心臓の鼓動まではっきり感じられる。 「は、春井くん」 「逃がさねえぞ……なんで変なんだよ、おまえ」  常に、どんなときもポーカーフェイスで上手く立ち回る男だ。なのに、壮吾に対してはそれらが剥がれ落ち、まったく役に立っていない。  

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