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刻の意外な一面 9

 グラスに二杯たっぷり飲んで、やっと一息ついた。  刻の白い手が、額にひたりと当てられる。その表情は真剣で、どうやら熱があるかどうか確認しているらしい。 「――大丈夫だね。さっきは少し熱っぽかったから、心配したよ」 「風呂の湯は結構温めだったけど、さすがに長く浸かりすぎたな」  ははは、と壮吾が笑うと、「笑い事ではないよ」と軽く睨まれた。 「肩を冷やすといけない。さあ、これを着て」 「バスローブ?」  やたら素肌にシーツが気持ち良いなと感じていたが、壮吾は全裸のままだった。刻はといえば、しっかりバスローブを着込んでいる。  壮吾は素直にそれを受け取った。一人で着られるのに、刻は当たり前のように手伝ってくれる。  久須美財閥の次期当主、生粋のお坊ちゃま。どこまでもやんごとなき思考と身分の男。  ――そんな男が、俺みたいな一般人の男の世話を甲斐がしくするんだもんなあ。ミラクルだ……  壮吾はほとんどやらせてもらえず、刻の指がローブの紐を結ぶのをじっと見つめた。  ――久須美刻の蝶々結び……貴重だな。  キュッと紐を締め、満足そうに微笑んだやんごとなき次期当主は、壮吾の額に可愛らしいバードキスのおまけまでつけた。 「ひえっ」  ギュンッと心臓がよじれるようなときめきの一撃を食らい、壮吾は額と胸を押さえる。 「どうした、春井くん!」 「どうしたもこうしたもねえよ……」  壮吾が胸を押さえながら呻くと、刻はあからさまに慌てて、「島ノ江を呼ぼう!」と言い出したから、それは全力で止めた。 「違う! 別にどこも痛くない! おまえだよ、おまえが! きゅんきゅんさせるからだろうが!」 「僕が? きゅん、きゅん……? 僕のせいなのかい」 「ああそうだ、おまえのせいだよ。ただし、良い意味でな」 「良い意味……?」  安心していいのかどうなのか、まだ解りかねるような、刻は微妙な表情をキープしている。壮吾は安心して欲しくて、刻の肩に凭れた。壮吾の肩を抱く刻の手に、己の手を重ねた。 「なんも心配いらねーよ。おまえが優しいから、俺がドキドキしちゃったって、ただそれだけ。だから安心していいぞ」 「春井くん……」  今度こそ安堵の表情を浮かべる刻が、愛しくてたまらなかった。自分の態度や言葉に、一喜一憂する刻が、大切でたまらない。 「どうしたら、俺はおまえを幸せにてきるんだろうな」  本音を素直に口にした。刻が息を呑むのが、触れた部分から伝わってくる。 「春井くん、そんなことは決まっているよ。――君はこうして、この先もずっと僕の傍にいてくれればいい」 「それだけでいいのかよ」 「もちろん。それが僕の一番の願いだからね」 「久須美……」  見上げると、慈愛に満ちた眼差しが、壮吾を見つめていた。  寝室の灯りは、ナイトテーブルのランプだけ。その淡い光が、刻の明るい髪色を暗く照らし、ヘーゼルの瞳は濃く青みがかって見える。いつ見ても綺麗だけれど、今は深い海の底のように神秘的だ。 「おまえの目、すごく綺麗だ。髪も、肌も、全部」 「は……」  るい、くん。とぽそりと呟く刻の頬は、薄明かりの中でも色が変わったのがわかった。  

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