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第1章 お客様に夜の楽しみを提供するお仕事②

「下半身も見る?」  クラゲが言った。 「それは、失礼にならないですか」  人間は肌を無闇に人目に曝さないものなのではないだろうか? 特に下半身は。上半身だってはな六は見すぎたくらいなのに。 「失礼って。これ、お前のものになるかもしれねぇんだろ? 自分の身体に失礼も何もねえや」  店主は先程のようにして、布団をすっかりどけてしまった。隠れていた部分が足の先まで晒された。 「へぇ」  でこぼこした腹の中心部には小さな窪みがあって、その下、平らな下腹部よりさらに下の股間には、黒くて短い縮れ毛が生えている。はな六は丸裸の人間を見るのは初めてだから、人間はこんな所にも毛が生えるものだとは知らなかった。  多くの人間は頭にわさわさと毛が生えているが、一部の人間は腕にももじゃもじゃと動物のように毛が生えている。対局相手の人間棋士が、碁に熱中して袖を捲り上げた時に、それが見えたものだ。だがいくら勝負が白熱したとしても、ズボンまで下ろす棋士はいないので、人間は股にも毛があるなど、はな六は知るよしもなかったのだ。  足の間、毛の生えている部位の下辺りに、ぶよぶよした指のような奇妙な形の細長い器官と丸い肉の塊のような器官があった。アンドロイドのはな六には無いものだ。 「これはなんですか」  はな六は指をさして訊いた。 「それか? よく出来てるだろ。アンドロイドには要らないものだ」  名を訊いたのに、答えが噛み合っていない。それとも“アンドロイドには要らないもの”というのが名称なのだろうか。 「まぁ、お飾りだよ」  “お飾り”。短くて呼びやすいから、これが正式名称かもしれない。 「何で要らないのにあるんですか?」 「そりゃ、あった方が楽しいからさ。コイツはセクサロイドだもん」  セクサロイド……先程読んだ簡単な説明書きにもあったが、そういえば気にも留めていなかった。 「セクサロイドとはなんですか。アンドロイドとは違うものですか。アンドロイドと魂の互換性はありますか」 「一度に質問が多い!」 「すみません」  クラゲは咳払いを一つすると、説明をはじめた。 「セクサロイドはアンドロイドの一種で、人間に夜の楽しみを提供するって職能を持ったものだ。通常のアンドロイドよりも人間に似せた身体をしており」 「まって!」 「人の話は最後まで黙って聴け!」 「すみません」 「分かればよろしい。で、ただのアンドロイドよりも人間に似せて作られてんだ。これとか、中の具合とかな」 「中の具合とは」 「中の具合っちゃ中の具合だよ」 「んー」  全然答えになっていない。 「確かめさせてやってもいいけど、お前さんの手じゃあ入らなそうだなぁ。感覚も鈍そうだし」  よくわからない。はな六は親指と人差し指を開き、カチカチと打ち合わせた。店主の言うとおり、はな六の指には触覚はあるものの、物の細かな質感の違いはあまり判別出来ない。だいいち、はな六は人間の“中の具合”というものを知らないから、比較のしようがない。 「ともかく、普通のアンドロイドよりも人間そっくりに出来てるってこと。コイツは特に人っぽくていいぜ。顔も可愛いし、それ以上に中が最高だ。本物の人間よりも良いくらいだ。あと、魂の互換性はちゃんとある。っていうか、身体つきがリアルなだけで、他はただのアンドロイドと同じだからな。世界規格通りに造られた魂ならどれでも使えるよ」 「質問いいですか」  はな六は挙手して言った。 「どうぞ」 「その、セクサロイドというのは夜の楽しみを提供するのが仕事だということですが、潰しは利くのでしょうか。……つまり、“夜の楽しみを提供する仕事”に就けなかったとしても、他の仕事は出来ますか?」  クラゲは両腕もとい触手を組んで言った。 「出来るんじゃねぇ? たぶん、人間のやりそうな仕事なら何でも出来るよ。コンビニのバイトでも、事務員でも、歯科衛生士でも、何でも」  はな六は安心した。もしもこのボディに職能がたった一つしかないならば、失業したらまたボディを買い換えなければならなくなる。最悪、就職活動に失敗しての買い換え、ということも起こり得る。 「でもコイツなら、ふつうにセクサロイドとしてやってけると思うぜ。ま、その理屈っぽい性格をベッドの中でも発揮しなければな。そうだ、なんなら俺の友達の、そういうお店やってる奴に紹介してやるけど?」 「え? いいんですか! 是非そうしていただけると助かります!」 「ってことは、買ってくれるんだな」 「ええ、とっても気に入りました」  はたと気がついたが、値段をまだ聞いていなかった。これだけ精巧に造られていると、破損があったとしてもかなり値段が張りそうだ。 「それで、お値段はいかほどでしょうか」 「五百万」 「ご、五百万!?」  予算を大幅にオーバーしていた。  百万円台という単語を、はな六は百万円から百九十九万九千九百九十九円のことだと思っていたが、どうやら検索エンジンは百万円から九百九十九万九千九百九十九円と解したらしい。  五百万円。  予算の五倍だ。はな六は事情を話し、何とかまけてくれないか頼んだ。すると店主は六十万もまけてくれて、まず二百万払い込めば、残りの二百四十万は月々十万円を二年の分割払いでいいと言った。しかも、はな六がボディの返却とともに棋院の寮を出ると知るや、彼ははな六に住居の提供もすると申し出た。 「家賃と生活費は体で払えばいいからな。今までだってそのボディはそうしてたんだから、出来るよな?」  そう言って、クラゲは触手の先をくいっと曲げてはな六の手に引っかけて握手し、真円形の眼の片方をつぶってみせた。 「今まで、とはどういうことですか? ちょっと理解しかねるのですが」  脱け殻(ボディ)は魂を持たずに動くことは出来ない。なのにレッカ・レッカはこれまで自力で家賃生活費を稼いでサイトウに納めていたというのだ。 「すぐわかるよ」  店主はゲヘヘと笑った。丸い目玉二つと蒲鉾を逆さにしたような形の口一つという、単純な造形の顔には似合わない笑い方だった。    棋院を出た後、はな六はまっすぐ棋院指定の工場へと行った。そこには、既に点検を終えてあとははな六の魂を入れるだけの状態で、レッカ・レッカが待っていた。  はな六は手術室に通された。室内には、緑色の割烹着のような服を着て同色の帽子とマスクをした人物が、三人ほど待ち構えていた。レッカ・レッカは、部屋の中央に設えられた椅子に座らされ、ライトで照らされていた。  レッカ・レッカは頭の皮を半分剥かれた可哀想な姿にされ、身体は首から指先まで緑のシートで包まれていた。 「よいしょっと」  一人の看護師が、はな六を後ろから抱きかかえてくれた。背の低いはな六にも見えるようにするためだ。 「こちらをご覧ください」  もう一人の職員が、頭蓋の一部を取り除かれて剥き出しとなった脳を指差した。細かな部品が複雑に絡み合った配線によって繋がっている。そのうちの、横長の直方体のパーツを、指先は差している。そして指はパーツ右下の小さなスイッチを押した。  カシャリと小さな音がして、長方形のひらたくて薄い板が飛び出した。板の中央には円型のへこみがあり、その円の中には二つ巴状のへこみが太極図のような形に隙間なくおさまっていた。  巴状のへこみのうち、下側には黒いチップが既に嵌め込まれている。 「こちらがこのボディの(はく)になります。ご存知の通り、魄は身体記憶の中枢です」  職員は続いて、魄の上にあるへこみを指した。 「そして、こちらが精神をつかさどる魂を取り付ける部分になります。こちらにはな六様の魂を移植いたしますと、ボディが起動し、はな六様の“転生”が完了します」  はな六が頷くと、職員は薄い三日月形に目を細めた。目尻に皺を寄せた笑顔だ。 「移植に先立って、もう一度ご確認いたします。先程、別室で説明があったと思いますが、魂……精神あるいは心は、魄の影響を多少受けます。つまり、性格が転生前と後では少し変わってしまうという事なんですね」  はな六はまた頷いてみせた。 「ですから、転生前の人間関係に影響を及ぼすことがございます。ですがそれによって起きましたトラブルには、私どもは一切の責任を負いかねますので、どうぞご了承くださいませ」  はな六は三たび頷いたが、それだけでは同意と受け取られなかったらしい。 「よろしいですか?」  と念を押された。 「はい」  答えると、すぐにはな六用の椅子が運ばれてきた。はな六は椅子に座らされ、ベルトで身体を固定されて、身体に緑のシートをかけられた。 「では移植手術を始めます。ご説明した通り、お目覚めは明日の午後三時となります。お休みなさいませ」

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