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第1章 お客様に夜の楽しみを提供するお仕事④

「腹ァ空いてんだろ?」  耳元で囁かれると、背中がそそけ立った。はな六はブンブンと首を横に振った。このボディは電動式なので、空腹を覚えることはない。 「あの、なんか身体がべたべたするんですけど」  はな六は何とかサイトウから解放されたくて言った。 「シャワー貸してもらってもいいですか?」 「いいぜぃ、浴びてきなァ。風呂場は出てすぐ左のつきあたりだ」  と言ったのに、風呂場に向かってよたよた歩いていくはな六のあとを、サイトウはぴったりとついてきた。 「んー、お風呂は普通、一人で入るものでは?」 「あ? シャワーの使い方、教えてやろうと思ってよ」  シャワーの使い方くらい、はな六だって知っている。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのボディは金属製だったが、埃がつけば見栄えが悪いので、毎晩ちゃんとシャワーで流してウエスで磨き上げていたのだ。サイトウはニヤニヤするばかりだった。VR空間での印象通り、サイトウは親切のようだが、その親切が今は何故か気持ち悪い。  脱衣室には洗面台があり、鏡がついていた。はな六は“自分の顔”を初めて見た。VR空間で見た通り、アジア系と西洋系の交ざったような特徴を持つ、丸っこくて女の子みたいな顔。 (張麗凰(チャン・リーフアン)!?)  眠っているときのレッカ・レッカのことは、あの女に似ていると思わなかった。思っていたらきっと、これを買おうとは思わなかったはずだ。一体、どういうことなのだろう。魂を惹き付けるような引力を放っていたこのボディが、よりにもよって張麗凰に似ているとは。  ぱっちりと大きな二重の目は眦がキュッと吊り上がっていて、サイトウが言った通り、ちょっと険のある顔付きに見えた。張麗凰も挑戦的な表情をしているが自信に満ち溢れている感じなのに対して、はな六のこの顔は不機嫌そうでいじけた顔に見える。そんなところもはな六は気になった。  身体の節々が痛むせいか、サイトウが背後を付きまとってくるせいか、はな六の眉間にはぎゅっと皺が寄っていて、そのせいで険しい表情に拍車がかかっていた。 「な、可愛いだろ?」  褒められているのに、ちっとも嬉しくない。 「恐ぇ顔すんなよ。さ、シャワー浴びようぜ」  サイトウは服を脱いで裸になった。作業服から見える部分はそうでもなかったが、隠されていた部分は毛深い。人間には胸や臍の辺りに毛の生える奴もいるのか、実は人間は皆こうなのか? はな六にはわからないが、少なくとも人間を模して造られたはな六の身体(レッカ・レッカ)は、胸も腹も毛はなくつるつるだ。  股間に毛が生えているのは、サイトウもはな六と同じ。やはり人間とはこういうものなのだろう。だが、脚の間にぶら下がっている例の“お飾り”は、はな六のものと大分様子が違う。黒くて、太く長くピンと上向いていて、先端は臍のすぐ下まで届くほどだった。  ふと気付くと、はな六自身の“お飾り”も、様子がおかしかった。先程までは薄い肌色で、毛に埋もれそうなほどに小さく少し皮を被っていたのに、今や皮がすっかり剥けて長さを倍以上に伸ばし、全体を真っ赤に腫らしていた。長さも太さもサイトウのものには到底及ばないものの、ピンと立ち上がっている。先端からは透明な液をこぽこぽと溢れさせていた。 「これが欲しいか?」  サイトウは自分の“お飾り”を手で掴んで言った。 「欲しくない、ひとつあれば十分です!」  はな六は一歩下がろうとしたが、サイトウに腰を捕まえられ、風呂場に引摺り込まれた。 「これが蛇口な。お湯は四十度に設定してあるけど、熱かったらここを捻って調節しな。火傷しねぇように気を付けろよ」  サイトウは懇切丁寧にシャワーの使い方を教えてくれた。やはりサイトウはいい人だ。なのにはな六は浴室の壁にぴったり背中をつけて、ぶるぶると震えていた。震える理由が、自分でもよくわからない。サイトウははな六に親切にしてくれているが、ブラックホールのような底なしの闇を湛えた目をして、丸裸で、しかも股間のお飾りをビンビンに立てている。そんな奴はどう見ても異様だ。こんな人間、見たことがない。 「寒ぃんか。ちょっと待ってな」  サイトウはシャワーヘッドを手に取り、湯温を確認してから、はな六に頭からお湯をかけた。びしょ濡れになった前髪を、サイトウの指が梳り、掻き上げる。露になったはな六の額に口付けを落とし、そして唇をチュッと吸った。 「んっ!」  上唇の裏側を舌で撫でられると、痺れが唇からうなじへ伝い、そして全身にじんじんと染み渡るように広がった。はな六はぎゅっと目を瞑った。頭上でガタリと音がし、温かい湯が降り注いだ。目をしっかり瞑ったまま、サイトウにされるがままになる。サイトウははな六の髪をソープで洗い、泡を流すと、今度は身体中に泡を塗りたくった。身体のあちこちをサイトウの硬い掌がぬるぬると這い回る。慣れない刺激にはな六はくらくらと目眩を覚えた。 「あ……は……あぁ……」  喉からは妙な声が漏れるし、耳許にはサイトウの獣じみた熱い吐息がかかる。  はな六は身を捩ってサイトウから逃れようとし、握り拳をつくりサイトウの胸を叩いた。だが、はな六の意に反して、拳は力無くサイトウの胸に置かれ、つるりと滑っただけだった。サイトウははな六の手首を掴み、易々と後ろを向かせた。 「そこにお手々ちゃんをつきな。そう、いい子だ」  サイトウは背後からはな六のお飾りに手を伸ばした。 「パンパンに張ってらいな。こりゃ辛そうだ。ちょっくら抜いて楽にしてやるよ」  お飾りからは粘液が蕩々と溢れて、泡と混ざって足元のタイルに落ちていく。サイトウははな六のお飾りに指を絡めると、ゆっくり上下に擦り始めた。 「あっ、あぁっ……」  擦り上げられる度、脳の中にパチッ、パチッと火花が散った。 「やだ、止めて! 頭がっ……壊れるっ!」  はな六の懇願を無視してサイトウの手は上下し続け、徐々に速度を増していく。  危険!危険!危険!危険!  脳内に警鐘が鳴り響く。このままだと本当に神経系統がショートしてしまいそうだ。 「あ……うっ……やめて、頭が、痛いっっっ」  はな六が必死に訴えているのに、サイトウはくっくっと喉を鳴らして笑った。 「あー……、やっぱ生きてるヤツはイイわ……たまんねぇ」  お飾りを扱く手は急き立てるように激しく上下する。はな六は悲鳴まじりの喘ぎ声を上げた。腰が勝手にがくがくと動き、膝からは力が抜ける。立っていられず崩れ落ちそうになったはな六の腰をサイトウの腕が抱えて引き上げた。サイトウの胸がはな六の背中に密着する。項をかぷっと噛まれた瞬間、目の前に真っ白い火花が散り、下半身で何かが爆ぜた。 「……っあん!」  視界が暗転し、はな六は意識を喪った。   「まったく、こんなことで救急車を呼ぶなど、医療リソースの無駄でしかありませんね!」  医者から頭ごなしに叱られて、はな六は唇を噛んだ。あまりにも理不尽! なのに言い返す気力が不思議と湧かない。どうやらこのボディは気弱に出来ているらしい。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのアンドロイド時代のはな六だったら、こういう時は血気盛んに言い返していたはずだ。最長百五十センチメートルまで伸びる伸縮自在の両手をビューンと伸ばして、上から相手を指差して言ってやったことだろう。「それはサイトウに言え!」と。 「ありがとーございましたっ」  まるで不貞腐れた幼児のような口調になってしまった。医者ははな六の方も見ず、「お大事に」もなく、フンと鼻を鳴らしただけだった。  診察室を出ると、誰もいない暗い待合室で、サイトウがソファーから立ち上がり、はな六を迎え、長い腕をはな六に絡み付かせた。 「ケケケ、悪ぃ悪ぃ」  へらへらとして反省の色がない。  実際、サイトウは全く反省していなかった。この夜から一週間以内に、サイトウは三回も同じ過ちを犯し、そのうちの一回ではな六をもう一度整備工場(びょういん)送りにした。  夕方のいつもの時間帯。サイトウが仕事を終えて二階に上がって来る頃になると、はな六の身体は妙な反応をする。脚の間の“お飾り”がじんじんと疼き、腫れる。サイトウの乱暴な足音がドスドスと響いてくるのを聴いてしまうともうダメで、お飾りは先端から粘液を吐き出し始める。  この一週間で、はな六は下着をびしょびしょにする前にトイレに逃げ込むことを覚えた。はな六はこの奇妙な身体の反応が一体何なのかさっぱり分からなかったが、はな六の身体(レッカ・レッカ)はこれをどう処理すればいいのか知っていた。はな六はドアに鍵をかけてズボンと下着をいそいそと下ろし、便座に腰掛けてお飾りを握った。そして脳がブラックアウトしないよう、おっかなびっくり擦り始める。 「ん……はぁ……あぁ……」  ただ身体のほんの小さな一部を指で軽く刺激するだけなのに、息は切れ、膝は震えた。あの夕方、風呂場でサイトウに後ろからお飾りを握られ首を噛まれたときのことを思い出し、背中をぶるりと震わせた。 「んんぅっ!」  お飾りの先端から白い液体が迸った。失敗せずに便器の中に吐き出せた。肩を上下させて呼吸が調うのを待つ。長い髪がだらりと顔の左右に垂れて、ただでさえ狭い室内の景色をより狭くした。だがその狭さが今は心地良い。ふー、と、ため息を一つ。これでサイトウに出くわしたとして、頭が混乱しなくて済むだろう。お飾りの中が空っぽになると同時に気分も軽く晴れやかになって、はな六はドアを開けたが次の瞬間、油断し過ぎていたことに気付いた。すぐ目の前にサイトウが立ちはだかっていて、どす黒い闇を湛えた目で見下ろしていた。サイトウはニヤリと笑った。大きな口からいやに健康的な白い歯並びが覗いた。

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