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第1章 お客様に夜の楽しみを提供するお仕事⑤

 サイトウは易々とはな六を捕まえて、寝室に引摺っていった。はな六はなすすべもなく色褪せた畳の上に組み敷かれた。 「セックスすべぇよ、はな六。お前もやらなきゃ辛ぇだろ?」 「やだっ、やーだっ! そんなのしなくていいっ。もう病院送りになりたくないよ!」 「大丈夫だって。お前はこの二年間毎日規則正しく三回、俺様とヤッてたの。それが証拠によ、時間になると()ってくるだろうが、ほらぁ」  サイトウの手がズボンの上からはな六のお飾りをぎゅっと掴んだ。お飾りはついさっきすっかり処理をしたばかりなのに、またパンパンに腫れ上がっていた。  “この二年間”のことなど、はな六は当然知らない。魂をこのボディに移植するよりも前のことは、はな六とは無関係だ。 「はな六、俺のはな六よぉ」  サイトウは鼻息荒く、はな六の身体をまさぐった。はな六はサイトウからこのボディを買っただけなのに、サイトウは何故かはな六の魂をこのボディの為に手に入れた気になっている。 (月賦払いって契約にするんじゃなかった!)  それ以前に、一括払い出来ないような高価なボディなどに手を出すべきではなかった。身の丈に合わない高望みをしたせいでバチが当たったとはな六は酷く後悔した。だが、はな六自身の失敗は別として、サイトウの無茶苦茶さ加減は許せない。 「嫌だ! やだって言ってるだろバーカ! サイトウなんか大っ嫌いだぁ! もうこんな所、家出してやるー!」  はな六は隣近所にまで響き渡りそうな大声でわんわんと泣いた。泣く、という機能の効果は絶大だ。サイトウはたちまちおろおろし始め、はな六を苛める手を止めてあやし始める。だが、はじめは下手に出ていたサイトウも、はな六が毎度同じ手を使うことに、次第に苛立ってきたようだ。  サイトウはチッチッと舌打ちをし、片目を細めてもう片方の目を見開いた。 「わんわ!」  はな六はぶるぶると震えた。 「そんなにここが嫌かよ」  サイトウの声は抑えられていたが、それでも遠雷のように、腹の底まで響いた。ここが、というより、サイトウのことが、嫌なのだが、それを馬鹿正直に言う勇気はさすがにない。はな六はおずおずと頷いた。 「ほっか。でもお前よ、ここを出るったってどうすんだよ。他に行くとこ無ぇんだろが」 「お、お仕事して自分で稼ぎます。稼いでどこか自分で部屋を借ります。自立しますから、私を好きに弄ぼうとするのはやめてください!」 「ほーん、お仕事ねぇ。お前この一週間どっこも出掛けねぇでずっとここにいるがよ、いつの間に仕事探しなんかしてたんでや?」  サイトウは掌で無精髭だらけの顎を擦って言った。はな六は「うっ」と答えに詰まった。この一週間、ほぼ寝室で膝を抱えて丸くなっているだけで過ぎてしまった。怠ける気はなかったのだが、仕事を探すといったって何をどうしていいのかわからない。なにせネットにアクセス出来ないのだ。  このボディを買うときには思いもよらなかったが、レッカ・レッカの脳にはインターネットに接続する機能がなかった。ブラウザを起動しようと念じてみて初めて、それに気付いた。ネットで検索することが出来ないなら、自分の足で街を歩いて探さなければならないが、外で仕事を探す経験なんてはな六には一度もない。それに脚の間のお飾りは疼くしで、外に出るのが億劫だし……というのは、言い訳が過ぎるだろうか? 考えをめぐらしているうちに、はな六はふと思い出した。 「そうだ! サイトウ、契約のときに私に向いたお仕事を紹介してくれるって言ってたじゃないですか。そのお仕事、してみたいです。紹介してください」  はな六は姿勢を正し、深々と頭を垂れた。そして顔を上げてみれば、サイトウはいっそう渋い顔をしていた。 「紹介してやってもいいけどよ、本当に出来るんかねぇ、お前さんに。ひとが黙ってりゃあ一週間ゴロゴロして何もしねぇわ、家賃は踏み倒し続けるわでよ」 「んーっ」  家賃。そういえば“身体で払う”という約束だった。身体で払うとは、この身体をサイトウの好きなように弄らせることで、はな六はこの一週間ずっとそれを拒否してきた。 (だって、怖い。怖いのはサイトウのせいだ。私が目覚めてすぐにおかしなことを無理強いしてくるから。全部サイトウが悪いんじゃないか。なのにそんな卑怯者を蔑むように見られるなど、甚だ心外だ!)  ふとサイトウの視線が下に逸れたので、はな六もつられて下を向いた。はな六のズボンに大きな染みが広がっていた。またお飾りだ! お飾りがねばねばと粘液を垂らしている様を見ると、いつもならニヤニヤと笑うサイトウも、「はぁ」と呆れ返ったようにため息を吐いた。はな六はいたたまれなくなって、両手でズボンの前を隠した。染みは両手で隠しきれるほど小さくはなかった。考えてみれば、粘液でびしょびしょに濡らしてしまったこのズボンや下着もサイトウからの借り物だ。ズボンから染み出た液体が手を濡らす。はな六は畳を汚さないように、キュッとお飾りを押さえる手に力を込めた。 「じゃあ誠意を見せてもらおうか。仕事紹介しようにも、いい加減なヤツを俺のダチに会わせるわけにはいかねぇ。まずはお家賃払えや」 「んっ」  サイトウに押し倒され、はな六は畳の上に仰向けに転がった。抵抗は出来なかった。誠意とは……。はな六はサイトウにいいようにされながら考えた。この一週間、サイトウの家に住まわせてもらい、サイトウに借りた服を来て、サイトウが料金を払っている電気を拝借してボディを充電し、何故か喉が渇くのでサイトウの買ってくれたミネラルウォーターを飲んでいた。お飾りが汚してしまった服はサイトウが洗濯してくれた。何もかも、世話になりっぱなし。なのに自分に都合の悪いことは、言い訳ばかりしてやらずにいた。これを卑怯と言わずになんというのか。 「ひっ!」  チュパッと音を立てて、サイトウがはな六の胸を吸った。はな六は固く目を瞑った。沢山世話になって、これから仕事まで紹介してもらおうというのだから、これくらい我慢しなくては。大体今だって、はな六は何もしていない。ただ寝転がっているだけだ。身体を好きにさせることくらい……。  サイトウは獣のように呼吸を荒げながら、はな六の胸の突起を引きちぎれんばかりに吸い上げ、手で脇腹を揉み、鳩尾から臍へ下腹部へと舌を這わせていった。ズボンと下着が一度に引き下ろされる。お飾りは外気に触れた途端、弾かれたようにピンと立ちあがった。 (やっぱり怖い!)  身じろぐはな六の太腿をサイトウは抑えつけて離さない。 「がふっ!」 「わんわっ!」  お飾りが熱いものに飲み込まれた瞬間、腰が勝手にはね上がり、びゅうと粘液が噴き上がった。ガクガクと震える脚の間で、サイトウがゲホゲホと噎せた。はな六は震えながら身体を起こした。サイトウは口から白い液体を吐き出した。 (信じられない!)  サイトウははな六のお飾りにかぶりついて、はな六はサイトウの口の中に粘液を吐き出してしまったのだ。はな六の目にじわっと涙が滲んだ。 「はな六ぅ」  サイトウがしゃがれた声で言った。はな六はびくりと首を竦めた。とんでもないタイミングで粗相をしてしまったことを、咎められると思った。 「ご、ごめんなさい……」  謝ってから、あれっこれ私が謝罪しなきゃいけないやつなのかな? と思った。口の中にねばねばとばっちい物を射出したのは悪かったが、サイトウはサイトウで、はな六の下半身を裸に剥いてお飾りにかぶりついたのだ。何だかよくわからないが、羞恥心をもよおさせる行為だった。相手を著しく羞恥させる行為を強行するのは、いけないことでは? それとも、安易に“家賃を身体で払う”などと契約してしまったはな六が悪いのだろうか。  ふ、とサイトウが笑った。 「これじゃあ俺様が意地悪してるみてぇだな。まぁそうか」  サイトウの大きくてゴツゴツした手がはな六の頭をぐりぐりと撫でた。節くれだった指がはな六の長い髪をかき回し、梳る。 「よっし。仕事、紹介してやるよ。きっと俺のダチならお前のセックス嫌い嫌い病も治せるだろうしな。そうと決まったらお前、シャワー浴びて来なァ。そうすれば、早速ダチんとこ連れてってやるからよ」  はな六は頷き、汚したズボンと下着を持って、シャワーを浴びに風呂場に行った。  支度を調えると、サイトウははな六を外に連れ出した。最寄り駅のワコーシティーから、ガラガラに空いた上り電車で三十分ほど。シンジュクステーション西口からとぼとぼ歩き、街道沿いに建つおんぼろマンションに辿り着いた。薄汚いエレベーターホール、照明のカバーに虫の死骸がどっさり溜まっているのを、はな六は不安な面持ちで見上げた。エレベーターの扉が開いた。サイトウは扉が閉まらないように片手で抑え、もう片方の手を差し出した。はな六はおずおずと差し出された手に自分の手をのせた。サイトウの薄くて硬い掌がはな六の手をしっかり包み込み、引いた。はな六は床とエレベーターの境い目を越えて箱の中に踏み込んだ。内部の壁のクリーム色は所々が色褪せて汚れている。扉が閉まり、一瞬床がぐんと沈み込むような感じがした。少しよろけたはな六をサイトウの硬い胸が抱き止める。箱は案外スムーズに上昇を始めた。サイトウが天井を見上げ、その無精髭の生えた顎をはな六は見上げた。昇った先にはサイトウの元とは別の種類の嫌なものが待ち受けていそうだと、はな六は思った。

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