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第1章 お客様に夜の楽しみを提供するお仕事⑦

 “お客様に夜の楽しみを提供するお仕事”とは“お客様とセックスするお仕事”という意味だったとは。だが、気づいたところでもう遅い。引っ込みがつかないとはまさにこのこと。  はな六はマサユキの指示通り、バスローブを着て納戸の中で待った。そこは納戸とはいっても畳敷の普通の部屋で、マサユキの私室と物置を兼ねていた。居間との境を隔てる襖のすぐ脇、布団の敷かれたスペース以外のほとんどの面積を、衣装ラックが占めていた。ラックには薄いビニールに覆われた衣装が沢山掛けられている。  はな六はぶるぶる震えながら、天井からぶら下がった照明の、くすんだ黄色の豆電球を見上げた。 (そんな……どのみちセックスはしなければならないなんて)  あわよくばセックス無しで全てを解決出来るのではないかと、はな六は楽観的に考えていた。“お客様に夜の楽しみを提供”して沢山稼げたら、滞納していた家賃をサイトウに払い、ゆくゆくは自分の部屋を借りて独立出来るだろうと思っていた。  騙された気分! セクサロイドの職能がセックスをすることだなんて、サイトウは一言も言っていなかった。きっとわざと黙っていたに違いない。クククケケケケケ、と、サイトウ特有のカエルみたいな不快な高笑いが頭の中にこだまする。おそらくサイトウは、ここではな六が降参してサイトウから一日三回無茶苦茶にされる日々を大人しく受け入れると思っているのだろう。  ナメられたものだ。はな六は布団の上にころりと寝転がった。体を横向きにすると、枕から芳しい匂いが立ち上ぼり鼻孔を擽った。人肌の匂い。はな六はふんふんと鼻を鳴らした。マサユキの匂いだ。バスローブの下でお飾りがむくむくと脹らみ、ごわごわのパイル地に擦れるや、お飾りは先端からとろとろと粘液を溢れさせた。 (しまった、何か拭くもの)  上半身を起こし周囲を見回したが、生憎ティッシュなどは見当たらなかった。そうこうしている間に襖が開き、布団の足下辺りに光の帯が広がった。 「お待たせ~」  マサユキだ。彼は両手に何かを抱え、いざり足で室内に入ると、襖を閉じた。マサユキは膝を使って進んできて、持ってきた道具を布団の脇に並べ置き、枕元のランプシェードを点けた。並べられた品の中にはティッシュの箱もある。手を伸ばそうにも、勝手に頂戴する訳にもいかないし、マサユキの目の前で股を広げてお飾りを拭く訳にもいかない。はな六がそんなことを考えていると、マサユキは優しい声色で言った。 「心配しないで。基本的な道具しかありませんから。使い方は、セックスしながら教えてあげますよ」  マサユキが正座ではな六に向き合うので、はな六も座り直し、よれたバスローブの襟を合わせ、居ずまいを正した。見上げれば、マサユキは狷介そうな細い垂れ目ではな六をじっと見ていた。この、クマとも人ともつかないずんぐりむっくりな大男と、今からセックスをしなければならないのだ。今更怖くなってきた。セックスというものが、サイトウがはな六に強要するときのように常に暴力的なものであるならば、マサユキのこの巨体にかかったとき、はな六の身体はどうなってしまうのか。  だが、今更退くわけにはいかない。 (サイトウに臆病者だと馬鹿にされるのも、大人しくいたぶられ続ける暮らしを選ぶのも嫌だ!)  こうなったらもう破れかぶれ。はな六は碁盤を前にして対局相手にするときのように、太腿に両手を置き一礼した。 「お願いします!」 「あ、はい。どもども、お願いしますね」  顔を上げると、マサユキは先程とほとんど変わらない表情ではな六を見下ろしていたが、少しだけ雰囲気が違って見えた。 「かしこまらなくていいんですよ。今からするのは審査でも労働でもないですから。気持ちのいい遊びをしましょう」 「気持ちのいい遊び? それってセックスのことですよね。セックスとは労働ではないのですか?」  はな六が首を傾げると、マサユキは分厚い唇を少しだけ緩め、への字口の両端を僅かに上げた。それは笑ったとはとてもいえないような、ささやかな動きだった。 「セックスとは本来楽しい遊びなのですよ。裸になって、お互いの身体を舐め合ったり擽り合ったりして、お互いの気持ちの良いところをぬるぬるにして、擦り合わせて遊ぶのです。きっと君も気に入ると思いますよ」  はな六にとっては思いもよらない遊び方だが、サイトウが仕掛けてくるような暴力行為ではなさそうだ。はな六はこくりと頷いた。 「じゃあ、君の身体を見せてもらっても良いですか?」 「え、身体を見せるって、どうしてですか?」 「セックスはお互い生まれたままの姿、つまり裸ん坊になってするものなのですよ」  風呂場でサイトウから襲われたときのことを、はな六は思い出した。あのときもお互い裸だったが、あれはサイトウの頭がおかしいからではなく、セックスという行為をするときは裸になるのが普通だったのか。仕事に必要ならばとはな六は渋々頷いた。 「それでは失礼して……」  マサユキははな六のバスローブの帯を、慎重な手つきで解いた。そしてはな六の身体からパイル地をのけて全てを露にしてしまうと、ほぅ、と感嘆した。 「これはこれは。着衣の時もかなりエチエチな身体つきだなと思いましたが、脱ぐと本当に素晴らしいですね。へぇ、案外着痩せするタイプなんだ……。マーベラスです。きっと、沢山の男が君を欲しがると思いますよ。っていうかそもそも、僕が欲しいです、六花ちゃんを」 「んー、それほどのものではございません」  はな六は照れ臭くて頭をポリポリ掻いた。何もしていないのに褒められた。碁打ちだった頃は勝たなければ褒められなかったし、勝ってすら褒められないことも、ままあったのに。  しかし褒められるのは悪い気がしないが、裸体を上から下までじろじろ見られるのは、妙に恥ずかしい。クマともタヌキともつかないぽんぽこりん時代は、いつでもどこでも一糸纏わずすっぽんぽんの姿でいたにも関わらず。  頬が火照るのを感じ、はな六はそっと膝を立て、“お飾り”を隠そうとした。一層おかしな事になっているお飾りは、初めてサイトウと対面した時のように、とろとろと粘液を溢れさせていた。 「脚を開いて、お飾りちゃんもよく見せてくれませんか?」  マサユキがそう言うので、はな六はぎゅっと目を瞑り、おずおずと脚を開いた。 「ほほう、これが君のお飾りちゃん。ほんとだ、可愛い仔猫ちゃんって感じでいいですね。ちゃんと蜜まで出るんだ。すごいなぁ、可愛い。僕らにペロペロされるために存在するような、まさにLecca-Lecca(ペロペロキャンディー)の名に相応しい。しかも、僕に欲情してくれるだなんて嬉しいですね。ほら、僕って自分で言うのもなんですが、極め付きの醜男じゃないですか。だから引いちゃう子の方が多い訳で。あ、僕も脱ぎますね。見せ合いっこしましょう」  マサユキはローブをすっかり脱いでしまった。現れた裸体は獣のように毛むくじゃらだった。胸と臍より下に特に毛が密に生い茂っていて、更に下、太腿の間の濃い毛の中から、黒光りする長くて極めて太いものが天井を指し、そそり立っていた。 (これが店長の……)  はな六は息を飲んだ。お飾りがピンと立ちあがり、痛いほどに腫れ上がるのを感じた。同時に、尻の辺りがむずむずと疼き始めた。  これが欲しい! と強く思った。マサユキのそれから目を離せない。胸の中では造り物の心臓が早鐘のようにどくどくと鳴り、お飾りは沢山の粘液を溢れさせ、腹の中で内臓が蠢く。 「どうですか、大丈夫ですかね?」 「えっ……」 「僕のことが怖かったり気持ち悪かったりしないですか?」 「……こわく、ないです」  はな六はマサユキの下腹部から目を逸らせないまま応えた。腹の底がざわざわする。 「おいで」  呼ばれて、はな六はおずおずとマサユキに近付いた。マサユキははな六の両脇に手を入れて、引き寄せた。 「これが気になりますか」  はな六は頷いた。 「触ってみてもいいですよ、ほら」  マサユキの大きな手がはな六の手を取り、立派な逸物へと導いた。はな六の指はそれにそっと絡みつき、やわやわと握った。そして人差し指の先で先端の穴から溢れ出ている蜜を掬い、穴の周囲に塗り広げた。マサユキは、ほぉ、と吐息を漏らした。 「いいです、いいですよ。とってもお上手です。力加減が絶妙。まだ何も教えてないのに、こんなことも出来るんですね。さすがセクサロイドちゃんです」 「いえ、なぜだか勝手に指が動きました」 「そうですか。おそらく、セクサロイドの本能がそうさせるのでしょう。僕も君を触っても良いですか?」 「はい……」  マサユキは、しとどに蜜を溢れさせているお飾りを掴むのかと思いきや、はな六の頭を優しく撫でた。次は背中をゆっくりと撫で擦り、そして身体をぎゅうっと抱き締めた。

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