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第4章 サイトウと稲荷大明神様③
日付と年がかわった。普段は深夜から朝まで働いている仲間達は、本来このくらいの夜更かしなど余裕なのだが、はしゃぎ過ぎたのと初詣への備えのため、年始の挨拶を済ませると、皆さっさと眠りに就いてしまった。
はな六は臍に充電器を挿して布団の中に潜り込み、目を閉じていた。他の皆は居間に雑魚寝なのに、はな六とサイトウには普段マサユキが寝室として使っている納戸があてがわれた。「新婚さんですから」とマサユキは言った。
今、寝室にははな六しかいない。サイトウはといえば、まだ台所でマサユキとさしで呑んでいた。
はな六は微睡みながら、パシパシとまぶしいフラッシュや仲間達の拍手と歓声を思い出した。
(“あのはな六”が生まれた時みたいだった)
二十年と約七ヶ月前のあの日、はな六は暗い箱の中で、ボール紙製の内壁を手でかさこそと掻いていた。外界では、女の高い声でアナウンスが入った。そして小太鼓がドドドドドと小刻みに鳴り、はな六が騒音に驚いていると、シンバルのやかましい音と共に箱が四方に開いた。箱の内壁につかまって立っていたはな六は、不意に支えを失い、前のめりに倒れた。ただでさえまぶしい世界に、いくつものフラッシュの光が瞬いた。
『はな六ちゃんです!』
女の声がはな六を紹介すると、人々は歓声を上げて拍手喝采した。口々に叫ばれる『おめでとう』『可愛い』という言葉。はな六は床に両手をついてぺたりと座り込んだまま、声のする方に一々顔を向けた。
(サイトウはおれを可愛がられるために生まれてきたというけれど、“あのはな六”も可愛がられるために生まれて来たんだ)
クマともタヌキともつかないぽんぽこりんのはな六がこの世に生まれて来たとき、はな六は知らなかった。自分はアンドロイド棋院ジャパン支部の広告塔として造られたことを。棋院のオープン記念式典に興を添えるために、あの日、生まれたのだということを。
はな六は冷えた両手を擦り合わせた。サイトウから貰った毛糸の手袋は、家に置いてあった。
襖を開け閉めする音に、はな六は目を覚ました。
「ウェーイ」
サイトウだ。サイトウは横向きに寝ていたはな六の背後から、布団の中に身体を滑らせてきた。サイトウはいつものカエルの鳴き声みたいな笑い声をたて、はな六を背中から抱き締めた。サイトウの吐息からは、かすかに酒の匂いがした。
「何だおめぇ、充電中か」
「もう終わってるよ」
サイトウはごそごそと布団から這い出ると、充電アダプターを延長コードから引き抜いて、それからはな六の臍から充電プラグを外した。
「ヘヘッ」
またごそごそと、サイトウが布団に潜り込んできた。サイトウの手がはな六の下着の中に入ってきて、既にピンと硬くなっているはな六のお飾りを撫でた。
「しようぜ、はな六」
サイトウがはな六の耳元に囁いた。
「やだ、気分が乗らない」
はな六はそう囁き返した。
「何でだよ」
サイトウの熱い掌が、はな六のお飾りをやわやわと愛撫した。とろりと体液が溢れた部分に触れられて、はな六は反射的に身体をくの字に折り曲げた。
「おめぇのお飾りちゃんは、すっげーやる気満々だが?」
「だって、ここはマサユキの部屋だよ?」
「いいじゃねぇか。アイツが自分から俺らにここを貸してくれたんだからよ」
「おれは全然よくないの。友達の部屋でセックスするなんて、あり得ないだろ」
サイトウははな六を強く抱き締めて、ケッケッケッケッと笑い出した。
「おめぇ、俺とマサユキが喧嘩するんじゃないかって、心配してんのか? 可愛い奴だなぁ。大丈夫だよ、俺とマサユキはちゃんと話し合える。さっきだって、呑みながらちゃんと話し合ったんだ、おめぇのことを」
「おれのことを、何て?」
「おめぇの仕事のことさ。俺とパートナーになってからも、おめぇに仕事を続けさせていいのかってな。マサユキは俺が怒るんじゃねえかって、心配してたんだ。だから俺は言ってやった。アイツが自分から辞めたいって言わない限り、続けさせてやれってな。その方がいいんだんべ?」
「んー」
「ケケケ、何しろおめぇは性欲の塊みてぇなもんだからな。合法的に発散出来る場が必要だろ?」
「んー」
仕事でセックスをするのは性欲の発散とは違うとムイやユユなら言うが、はな六の場合は確かに、日に数回セックスをしないと気持ちが悪くて居ても立ってもいられない。サイトウに可愛がられるだけでは不十分だ。だが、はな六はサイトウだけで満足できない己の性分を良いとは思っていないので、複雑な気分だ。
「マサユキは、おめぇのことをよろしく頼むって、俺に言った」
「うん」
「だから俺は、よろしくも何も、はな六は最初っから俺のもんだって言ってやった。俺のもんだもの、そりゃもう大事にするわな?」
サイトウははな六背中にのしかかり、うなじや首筋を甘噛みした。
「んー。でも、おれはどうしても気になるの! マサユキの部屋でサイトウとセックスは嫌だ。そんなの礼儀を欠いているよ」
「“新婚さん”がやることやって何が悪ぃってんだよ。マサユキが何か文句言って来たら、俺が言い返してやるよ。ここを俺らに貸したのはテメェだろってな」
サイトウは、お飾りに溢れ出た粘液を塗り広げて潤し、扱く手を速めた。
「んんっ」
身悶えるはな六の腰は、片腕でぎゅっと抱きかかえられ、拘束された。苦しくて、はな六は息を吐き、シーツの表面を手で掻いた。ここだけは断固として反発しなければ、人として終わってしまう。サイトウの手の中で自己主張をししている愚かなお飾りを、はな六は心の中で鎮まれ! 鎮まれ! と叱咤した。
「なんだよ、何泣いてんでや?」
「泣いてなんかいないよぉ」
「げへへ、おめぇは分かりやす過ぎるんだよ。泣いてねぇならそのお手々ちゃんは何だ」
サイトウの手がはな六の手首を掴み上げた。そしてサイトウは、びしょびしょに濡れたはな六の手の甲をベロりと舐めた。
「やっぱ泣いてんじゃんかよ。よく出来た涙の味がすらぁ」
「んっ、んっ、んっ、んっ、泣いてなんか、いないもん……」
はな六はサイトウの手を振りほどき、身体を丸めた。
「はな六ちゃん」
「んっ、んっ、んっ、んっ」
震える肩をサイトウがゆさゆさと揺さぶってきたが、はな六は応えずいっそう身体を丸くした。
「おーい、はな六ぅ、はな六ちゃーん」
サイトウはしばらくはな六の肩を揺すっていたが、やがて大きなため息を吐いて、布団から出ていった。
「ったく、しょうがねぇなぁ、もー」
ボリボリボリと音がした。サイトウは頭を掻いているのだろう。ボリボリが止まるや、肩をぐいっと後ろに強く引かれて、はな六は身体を防御の姿勢に丸めたまま仰向けに転がされた。
「ほら、もうヤろうとか言わねえから。身体ァ楽にしてこっち向きなァ」
「ほんとにしない?」
「おう、ヤらねぇよ」
「ごめん」
正直、自分でもここで謝る意味がわからない。どちらかといえば謝るべきはサイトウの方のような気がするが、せっかくのサイトウの誕生日、開始一時間ほどで揉めるのもなんだなと思って、つい譲歩してしまった。いつも強気な癖に変な所で謝る癖に、足もとを掬われて来たのではないのか、これまでの人生で。これまでの人生? 久しぶりに、ポンッとポップアップが目の前に現れて視界をふさいだ。
『再生できません』
謝り癖のせいで大事な対局で負けたときのことを思い出そうとしてしまった。
「あ、そうだ、まだ言ってなかった。サイトウ、お誕生日おめでとう」
「へっ、ありがとうよ、はな六」
サイトウの熱い掌がはな六の頬を包み込んだ。サイトウが鼻を寄せて来る。はな六は顎を上げた。すりすり、と互いの鼻梁を擦り合わせ、唇を合わせ、角度を変えて何度も口づける。サイトウの舌がはな六の上唇の内側をぺろりと舐めた。ポッと火が灯ったように頬が熱くなる。お飾りが湿気った下着の中で切なそうにくしゅりと動いた。
「実はおめぇの方が我慢できなかったりしてな」
サイトウはお見通しと言わんばかりに腿ではな六のお飾りを押した。じんわりと生温いものがお飾りの茎から根本の繁みに伝い、すぐに温度をなくしていく。はな六はぶるりと身震いをひとつして、サイトウの胸に鼻面を埋めた。すぐ耳元にサイトウの吐息が吹きかかる。目を閉じてそれに聞き入る。
「去年はよぉ、今頃の時間にこっから大急ぎで家に帰 ぇったんだ。おめぇの側に居てやらねぇとって思ってな」
「んー」
「こんな風によ、動いて喋るおめぇと過ごせる日が来るなんて思わなかったぜ。いや、そうなったらいいなと思ってたけどよ」
「んー」
(おれだって去年の今頃は、来年のおれがこんな風に年を越しているなんて、想像もしていなかった)
去年の年越しは、寮の個室でソファに腰掛け、いつもより少しだけ長く動画を観て、そのまま眠った。元旦はいつも通り朝七時に目を覚ました。アンドロイドの年末年始なんてそんなものだ。いつもと何の代り映えもない。
あの頃はソファに座ったまま何も掛けずに寝られたが、今となってはこのゴツゴツと武骨な温もりに包まれていないと眠れる気がしない。すっかり腑抜けになってしまったものだ。
「明日はまず役場に行って婚姻届を出すだんべ」
婚姻届だなんて。パートナーシップ宣誓書でしょ? と言い直したいところだが、瞼が重たいし、あくびが出るとすっかり言う気が失せてしまった。
「んー」
「そうすれば、今度は稲荷大明神様にお礼参りだ」
「ふぁ」
返事の代わりにあくびが出た。腿の間にはサイトウの筋ばった脚が挟まっている。サイトウの体温が、お飾りのせいで濡れた服をほかほかと温めていく。先ほどまで張りつめていたお飾りは、欲を放出しなかったのにふにゃふにゃに萎えた。
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