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第5章 ジュンソには言いたいことがある⑥

 はな六が携帯端末を取り電話に出ようとしたその時、携帯は振動をやめた。はな六は、間接照明の黄色い灯りに照された室内を、見回した。 「んー?」  テーブルの上にはポットもティーカップも何もない。向かいの席の椅子に人の座っていた形跡はない。振り返ると、ベッドではジュンソが俯し、こんこんと眠っていた。  携帯端末から、はな六は充電器のプラグを抜いた。はな六は携帯端末に充電器を挿してから、床に就いたのだ。はな六の臍にもプラグが挿してあった。はな六はそれを抜き取ると、足音を立てないように、抜き足差し足で室内を横断し、風呂場に滑り込んだ。  浴室に入り、扉を閉めてから端末の着信履歴を見る。サイトウからの着信が、数分おきでずらりと並んでいた。はな六は溜息を一つ吐いて、電話をかけた。コール一回でサイトウは電話に出た。 『はいよ』 「もしもーし、サイトウ?」 『あ? ああ。どうしたぃ?』 「サイトウこそ、なあに? さっきから何度もかけてきてたでしょ」 『ケケケケケ。そろそろオメェ、俺様の声を聴きたがってるだろうなって、思ってな。ほら、当たりだろ?』 「サイトウがおれの声を聴きたいと思ったんじゃないの?」 『ケケケ、まさか』 「えー」  はな六は携帯を耳に当てたまま、頬を風船のように膨らませた。膨らませてから、そんな顔をしたって、サイトウには見て貰えないんだと思った。かといって、一旦通話を切ってビデオ通話に切り替えるのは、億劫だ。  浴室の中は明るい。浴室と洗面所を隔てる壁やドアは透明なガラス製で、洗面所の出入口もまたガラス製。寝室が暗いせいでガラスの壁は鏡のように、はな六の全身を映した。白い館内着に、揃いのハーフパンツ。膝にはボロボロになったテーピング。  電話の向こうは、しんと静まりかえっていて、サイトウの声は一向に聞こえてこない。 「サイトウ……? あれ、サイトウ? 電話、切れちゃったのかな?」  痺れを切らせたはな六が、携帯を耳から離そうとした時、やっとサイトウのカエル笑いが聴こえてきた。 『あ? なんだよ……なんだってんだよ』  サイトウの声はセックスの最中のように優しく、はな六はその猫なで声を聴いた途端、全身がカッと火照るのを感じた。身体中の熱がお飾りに集まり、お飾りをピンと起立させた。 「サイトウ……」 『なになに、オメェ、俺様の声聴いたら、したくなっちゃったの?』 「うん……」  はな六はハーフパンツの上から、お飾りをぎゅっと握った。じんわりと下着の湿る感触がしたので、はな六は慌ててズボンと下着を下ろし、お飾りを引き出した。案の定、お飾りの先端は透明な粘液にまみれ、艶々に光っていた。はな六は粘液をお飾り全体に塗り広げた。 「ねぇ、サイトウ……サイトウ……声、聴かせて……何でもいい、から……」  はな六の耳許で、サイトウがくつくつと笑った。 『もしかして、今、自分で扱いてんの?』 「うん、何でわかったの?」 『だってオメェ、明らか息が上がってるもん。なぁ、俺様の声で、とろけちゃった?』 「うん……だから、サイトウ……」 『あ?』 「何でもいいから、声、聴かせてよ……」 『じゃあよぅ、はな六。オメェ、今晩はもう、客と何回ヤッた?』 「う……三回……」  はな六は答えながら、お飾りを扱く手を速めていった。 『何回ぐれぇイッた?』 「んんっ、上手にイけなくて……」 『うむ、それで?』 「サイトウと、セックスしたいと思ってた。だってもう、二晩、していないでしょ?」  膝から力が抜けそうになって、はな六はよろめき、浴室の壁に手を着いた。そうしている間にも手の動きは速まり、心地よい刺激に腰がガクガクと震え出す。 「あ……サイトウ!」 『なに、イきそ?』 「あのね、あのねサイトウ、お客さんから……っあ! ……いっぱい後ろから突かれてね……でも、相手がサイトウじゃないから、物足りなくて……。おれ、サイトウを思いながら、こっそりシーツにお飾りを擦りつけた」 『おぉ。気持ちよかったか?』 「ん……くっ! 気持ちよかった。お飾り、べちょべちょになってたから、シーツに擦れても、痛くなくて……。おれ……おれ……」  お飾りを擦り上げる手の、手首までもが体液に濡れた。はな六はお飾りの根本から先端まで、はやる気持ちを抑えつつ、丹念に扱いていった。 『ん? イきそうで、苦しいん?』 「あぁ……あっ……! サイトウにして欲しくて!……後ろから一杯、突いて貰いたくて! サイトウ! 他の人じゃ、いくらして貰っても足りないのぉ。サイトウじゃないと、ダメなのぉ!」 『うーん、やっべぇ。やっぱオメェ、最高だわ。俺もよ、今すぐすっ飛んでって、オメェのこと、気が狂うまで突きまくってやりてぇよ。いいか、気が狂うまでだかんな。オメェ、何度許して、もう止めてって泣いてもなぁ。俺ぁ、許さねえかんな。頭おかしくなるまで、やってやるかんな』 「あぁ! うぅっ!! サイトウ、サイトウ! おれをぎゅってして。いっぱい突いてぇ……」 『おぉ。イけ。イッちゃえよはな六。俺全部聴いててやっからよ。オメェが俺を恋しがって、一人でイキ狂ってよ、いい声で鳴くのをよ……』 「サイトウ、サイトウ、おれもうダメ! んんんんっ、あぁぁぁぁっ!!」  プシッとはな六のお飾りが精を吐き出した。まるで栓を抜かれたように、お飾りの先端から白い体液が溢れ、びゅうびゅうと音を立てながら壁に当たり、飛び散っていった。 「はぁ……ふぜんだった。でも、すっきりした……」  風呂場の灯りを消し、部屋に戻った。室内を見回してみたが、やはり窓際のテーブルにはお茶会をした形跡などなかった。はな六はベッド側の椅子に腰掛けた。 (やっぱり、あれは夢だったんだ) (夢……っていうのは、自分の脳内にあるデータを整理して、魂に収納する記憶を選別するプロセス。その際に起こる記憶の奔流に、自我が勝手に、意味を見出だしたもの) 『おれはサイトウが好きだ』 (あれは、レッカ・レッカが話したんじゃない。あくまで、おれの感情……が、何故、他人の言葉として、語られるのだろう? おれの言葉では、いけないというのか?) 「はな六ぅ」 「ふぎゃ!」  はな六は飛び上がった。振り向けば、ベッドの上ではシーツにくるまったジュンソが、じっとはな六を見ていた。 「さっき、電話で話してただろ……誰と?」 「……っ! 店長だよ。うちの店長、心配性で。ちゃんと睡眠取らないとダメだよって」 「ふーん。じゃ、そういうことにしておくよ。こっちに来て?」  はな六はすごすごとベッドに戻った。 「ねぇ、はな六」  はな六の耳もとで、ジュンソが囁いた。 「今だけは、お前は俺だけのはな六でいてね」 「ん……」 「明日は水族館に行こう」  ジュンソは唇ではな六のうなじに触れた。こそばゆさに、はな六はもぞもぞと身をよじった。    日がだいぶ高くなった頃に、二人はやっと目を覚ました。ジュンソがテーブルについて食事をしている間、はな六はベッドに横になって充電をしていた。ジュンソは食べながら他愛もないことを話した。向かい合って一緒に食べられないことに、はな六は申し訳なさを感じてしまう。  正午にチェックアウトをした。外はすっかり晴れていたが、風は冷たく、南国とは思えない肌寒さだった。二人はハイヤーに乗り込んだ。  水族館には巨大な水槽があり、その中には平たい顔をした巨大なサメが、悠々と泳いでいた。 「うぉー!」  はな六は車椅子から立ち上がったが、ふらりとよろめいてジュンソに抱き止められた。 「ありがと」 「ううん。大丈夫か? 膝が痛い?」  はな六は首を横に振った。だが実は、テーピングが弛んだせいで、右膝の痛みがぶり返していた。はな六は我慢して、よろよろと水槽に近づいた。ふと、水槽の左下隅に、太めの流線形をした物体が、ゆっくりと沈んでいくのを見つけた。 「お魚だ」 「あれはカツオだよ」  カツオは仰向けになって、ヒレ一つ動かさずに静かに沈むと、水槽の底に当たって軽くバウンドし、コロリと転がった。まるで脱け殻のようだ。  はな六とジュンソが側に寄って見ていると、他の客達も近づいてきた。 「よく太っている。美味しそうだなあ」  ジュンソが言うと、周りの客達がどっと笑った。 「そうだ、そうだ! 言い値でいいから売ってくれないかなあ」  などと言う客までいた。 「んー?」  はな六には、そもそもものを食べることの楽しみなどさっぱりわからないので、周囲の妙な盛り上がりに、ただただ首を傾げるばかりだった。ジュンソの方をうかがうと、水槽の青白い光に照らされた彼の顔は笑っていた。 「んー?」  はな六は想像した。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんな見た目の“脱け殻(ボディ)”が、水槽の中でゆっくりと沈んでいき、水底に当たって一度ぽよんとバウンドし、横たわり、動かなくなるところを。 「魂がなくなったら、お魚は美味しい食べ物になって、喜ばれて。でも、アンドロイドは、死んだらただのゴミだなぁ。ずっと、沈んだままなんだろうなぁ」  はな六が呟くと、 「そんなことないよ」  ジュンソはそう言って少し目尻を下げ、口角を上げた。死んだカツオを美味しそうと言ったときとはうってかわって、どこか悲しそうな表情に見えた。

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