51 / 63

第5章 ジュンソには言いたいことがある⑧

「“あのはな六”……!!」  はな六とサイトウは同時に声を上げた。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんの“あのはな六”は、縦長の楕円形をした目をぱっちりと見開いたまま、専用ケースの中で眠っていた。  サイトウはケースのスイッチをオフにした。青い照明が消えると、水中をたゆたう水草のように揺らめいていた“あのはな六”は、重力に従い足をケースの底に着け、くたりと頭を垂れた。サイトウは上蓋を開け、ケースの中から“あのはな六”を引っ張り出そうとした。 「あー重いなぁチクショウめ!」  サイトウは立ちあがり、中腰で力を溜め、よっこらせと“あのはな六”をケースから引き上げた。畳の上に、そっと“あのはな六”が立の姿勢に置かれたが、すぐに前のめってどーんと大の字に倒れた。伸縮性のある両腕がてれんと伸びて、間抜けな格好だ。 「前のおれ、ボッッッロ」  はな六は呟いた。ギラギラのメタリックブルーに塗装された全身は、あちこちに細かな傷が付いていて、頭頂部は酷く退色して白っぽくなっている。しかも後頭部には少し凹みまであった。 「よく、いじめっ子に転ばされてたもんなぁ」  はな六は“あのはな六”のうなじに指を這わせた。そこには落書きが彫られている。数字の“8769”。線は細いが深く、塗装が剥がれて錆が浮いていた。 「ケケケ、それで“はな六”って読ませるわけだな」 「うん、そう」  ジュンソの悪戯だ。子供時代、囲碁教室で、はな六のすぐ後ろがジュンソの席だった。はな六が講義に集中している隙に、ジュンソは後ろからコソコソとシャープペンシルの先ではな六のうなじに数字を刻んだ。かなり後になってはな六が悪戯に気付いて怒ると、ジュンソは泣き出してしまい、かえってはな六の方が気まずくなったほどだ。 「おおか傷だらけだが、綺麗に磨いてあらぁ。お、書類も付いてんな」  サイトウはケースと同梱されていたA4封筒を取り上げ、中から書類の束を取り出し、パラパラとページを捲った。 「取説に整備工場(クリニック)のカルテ、点検証明書と保険証、その他。必要なもんは一揃いあるな。ケケケケケ、これなら自信を持って売り出せるぜ」 「えー! 売っちゃうの!?」 「おぅよ、前にも言ったろ。わざと売りに出して、食い付いて来たアンドロイドの“魂”をいただくンさ」 「えええええ!?」  正月に言っていた“子供”捕獲作戦を、サイトウは本気で実行に移すつもりだ。 「でかしたぞはな六ぅ。いいモン貰ってきたなァ」  サイトウははな六の頭をぐりぐりと撫でたが、はな六は褒められても少しも嬉しくはない。 「……サイトウ、それは止めとこうよぉ」 「あ?どーしたぃ、そんな暗ぇ顔して。まさかマタニティーブルーって奴か?」 「なにそれ、“あのはな六(おれ)”はこの通りゴリゴリのブルーだけど、マタニティーじゃないよ。お腹はぽんぽこりんだけどさぁ。そうじゃなくて、心配なの」 「何で?」  サイトウは久しぶりに闇深いドブの目付きではな六を見た。はな六はビクッとたじろいたが、言った。 「だって、それは“ふぜん”でしょ?」 「“ふぜん”っちゃなんだよ?」 「サイトウが引き起こそうとしているロクでもない犯罪のことだよぉ」 「あぁ?」  はな六はぶるぶると震えた。サイトウが片目を見開きもう片方の目を細め、口元を歪めたからだ。はな六は彼が怒り出すのではないかと怯えた。が、サイトウはクククケケケと笑うと、はな六の側に移動してきて、両手をはな六の背中に回し、抱き寄せた。 「大丈夫、そんなに心配すんなって。俺達には稲荷大明神様がついてらぁ。きっと上手く行くから、な? 泣くんじゃねぇよ、オメェ」  トントンと、熱い掌がはな六の背中を優しく叩いた。はな六はめそめそとしゃくり上げた。 「んっんっんっんっ、そういうんじゃあ、ないんだよぉ……」  その晩、寝支度を整えると、サイトウははな六の布団に“あのはな六”を寝かせた。一方はな六はサイトウの硬い布団に横にされ、厚くて重い掛け布団の下で、サイトウとぴったり身体を重ねた。 「んっ……ふ……ふぅ……」  たった二晩空けただけだったのに、まるで何年ぶりかのような快感に、はな六の全身は蕩けた。もはや二人の間に言葉は何も要らないほどだ。大きく開いた口でサイトウの口をしゃぶり、しゃぶり返され、両腕でサイトウの背中を固く抱き締め、ピンクの手袋を嵌めた指で骨と筋ばった広い背中を掻きむしった。脚の間にはサイトウの腰が押し当てられ、はな六のお飾りは、自身の肌とサイトウのゴワゴワの体毛の間に挟まれ、しとどに濡れていた。サイトウの一物ははな六の中に根本まですっかり納まっていた。その重量感と圧迫感だけで、はな六は何度も達することが出来た。 「んんーっ!」  快感の波の高まりと共に、自然と胸が持ち上がる。はな六の乳首の先端が擦れるように、サイトウが硬い毛に覆われた胸板をゆっくりと動かした。それだけではな六のお飾りはぴゅっと精を噴き上げた。 「んあっ……!」  ヒクヒクと痙攣を続ける内部を、サイトウは少し速度を上げて擦り続けた。 (頭の中、真っ白になっちゃう。なにも、考えられない) 「ぁ……あ……、イッてるときに……それダメ……!気持ちよく、なりすぎちゃ………っ、頭がおかしくなっちゃうぅ」 「おぉ、いいぜはな六。俺の腕の中でよ、安心してイキ狂いなァ。俺様が全部受け止めてやるからよ」 「あっ、あぁっ、あぁっ!」  はな六はか細く甲高い声を上げ、身悶える。突き上げが激しさを増す。はな六の両膝は持ち上がり、足の指はパッと扇状に開き、そして固く握り込まれた。  サイトウがはな六の耳許で獣のような唸り声を上げた。どぷどぷと、はな六の中に熱い精液が注がれる。サイトウは舌をはな六の耳にぴちゃぴちゃと這わせながら、ゆっくり、奥まで押し込むように腰をグライドさせた。そしてしばらくの後、抜かずに一転して荒々しいピストンに移行した。 「あぁーっ、サイトウ、サイトウ! して、もっとして! 気持ちいい、もっと!!」  はな六の頭の中に“ふぜん”の三文字が頭の中に降って湧いてはポンポンと弾け、白い火花を散らした。はな六は無我夢中でサイトウにしがみつき、更なる刺激をねだり続けた。  翌日の昼過ぎ、寝室の中央にははな六の安布団が敷きっぱなしにされ、“あのはな六”が寝かされていた。はな六は寝室の片隅で、小さな折り畳みテーブルの前に膝を崩して座っていた。テーブルの上には塩ビの碁盤。碁盤の上には石が点在していた。棋譜並べを始めたものの、ほんの序盤で集中力が途切れてしまった。 「んー」  はな六はメッセージを書いては消し、書いては消すのを繰り返していた。宛先はジュンソ。だが、何も送らない方がいいのでは? と思い、テキストを全て選択して“×”を押した。白くなった画面に、はな六はため息を着いた。 (ジュンソはおれに元のはな六に戻って欲しかったんだろうな。本気、だったのか。おれと、ただの友達に戻りたいっていうのは……)  はな六はずっと使っていなかったSNSにログインした。携帯端末にジュンソのアドレスを登録したために、自動的にジュンソのアカウントと“友達”にされていた。 (ブロックしたら気付かれるかな?)  画面をスワイプすると、“友達かも?”の欄にずらりと並んだアカウントの中に、はな六そっくりのアイコンがあって、はな六はぎょっとした。麗凰(リーフアン)だ。彼女のタイムラインなぞ、見ても良いことはないと思うのに、指はつい麗凰のアイコンをタップしてしまう。  タイムラインにはキラキラした写真ばかり並んでいた。主に食べ物や飲み物。可愛い女友達や、世界の棋士仲間達との写真。意外にもジュンソとのツーショットはない。  次の画像は、ジャパン女流トップとのツーショットだ。きっと、正月二日に放送された新春囲碁の収録の際にでも撮ったのだろう。地味なジャパニーズの女流棋士の横で、ジャパニーズ棋士には気の毒なほど、麗凰は映えていた。 (それにしても、よく似てるよなぁ。レッカ・レッカのお祖父ちゃんのひ孫がレジーナか……)  ただの他人のそら似というやつに、睡眠中のはな六の脳は、そんな都合の良いストーリーをつけた。 (だけど、全く可能性がないというわけでもない)  アンドロイドのレッカ・レッカと人間の麗凰に血の繋がりがあるはずはもちろんない。だが、アンドロイドはときに、死者をモデルにした容姿に造られることがある。レッカ・レッカと麗凰の顔がよく似ているのは、麗凰の血縁者をモデルに造られた、ということなのかもしれない。何しろレッカ・レッカは量産品ではなく、オーダーメイド品だ。その可能性は大いにある。 (例えば、レッカ・レッカのお祖父ちゃんって人の母親、姉妹、奥さん、娘、とか?)  はな六は首をぶんぶんと横に振った。そんなのは、下らない妄想だ。世の中には三人は、似ている人物がいるというではないか。

ともだちにシェアしよう!