fujossyは18歳以上の方を対象とした、無料のBL作品投稿サイトです。
私は18歳以上です
はな六はプロ棋士を辞めてただのアンドロイドになります。 第5章 ジュンソには言いたいことがある⑨ | 襖の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
はな六はプロ棋士を辞めてた...
第5章 ジュンソには言いたいことがある⑨
作者:
襖
ビューワー設定
52 / 63
第5章 ジュンソには言いたいことがある⑨
麗凰
(
リーフアン
)
とそっくりな、
レッカ・レッカ
(
このはな六
)
の容姿。はな六はてっきり、ジュンソははな六の容姿に惹かれたのかと思った。もしかすると、初めて“このはな六”と出逢ったときは、そうだったのかもしれない。ところがジュンソは“このはな六”の中身が“あのはな六”と知るや、抱く気が失せてしまったらしいのだ。 何故なら、はな六は友達だから。 (こんなおれの魂を好いてくれる人もいるのか。しかもそれが、あのジュンソだったなんて) はな六はシュンと項垂れた。ポツリと、携帯端末の画面に水滴が落ちた。はな六は毛糸の手袋に覆われた手の甲で、ごしごしと目を擦った。 (おれの
魂
(
こころ
)
が好きという人、他に誰もいないよ。マサユキも……サイトウだって……) はな六はスンッと鼻をすすり、携帯端末を畳の上に置いて、盤上の碁石を碁笥の中に片付けた。よろよろと立ち上がり、取り落とした碁石がないか周囲をよく確認してから、はな六は寝室を出て、一階に降りた。 階下では、客が仕上がった車に乗り込むところだった。はな六は客に会釈をした。サイトウの誘導で客の車は通りに出て行った。 「ありがとうございました!」 去って行く車に対して、帽子を脱ぎ深く頭を下げるサイトウを、はな六は惚れ惚れと見つめた。しばらくして、サイトウは帽子をかぶり直しながら、作業場に戻って来た。 「おぅ、はな六。お散歩か?」 「んーん。ねぇサイトウ」 「あ?」 「おれ、サイトウのお仕事、手伝った方がいい? サイトウみたいに、作業着着てさ」 サイトウはケケケと笑った。 「やめとけ。オメェ、何にも分かんねぇのにツナギなんか着てたらよ、俺の弟子かと思われて客から厳しく当たられっから。どーせ手伝うなら、事務所で奥様でございって顔して、電話番でもしなァ」 「んー。なんだよぉ、奥様って。電話なんか時々しかかかってこないじゃん。ずーっと人形みたいに座ってろって言うの?」 「オメェの可愛いお手々ちゃんが汚れたらいけねぇからな。そんならちっとんべー、帳簿の整理でも教えてやるべぇか。こっちぃ来なァ」 はな六はサイトウに続いて、ヤニ臭い事務所に入った。サイトウは喫煙者ではないのだが、客は好き放題にタバコを吸っていくので、部屋全体がヤニで黄色く染まっている。 サイトウははな六をパソコンの前に座らせると、書類の束を取り、はな六に手渡した。 「これを入力して貰おうかね」 サイトウはマウスをすいすいと動かし、デスクトップに置かれたファイルを開いた。すると画面に大きく、書類と同じ書式が表示された。 「これくらいならお安い御用だよ」 入力作業なら、囲碁教室で働いていたときにもよくやっていた。はな六は書類に目を通し、キーボードを叩き始めた。クマともタヌキともつかないぽんぽこりんだった頃には、指が片手につき二本しかなかったので不便だったものの、タイプのスピードで補っていた。この身体には指が片手に五本、合計十本もあるから、使いこなせれば便利そうだ。はな六がたどたどしい手付きで入力していくのを、サイトウはしばらく横で見ていたが、 「おー、ちゃんと出来てんな。そんじゃ、よろしく」 と、事務所を出て行った。 書類の束の厚みが半分くらいになったとき、画面にポップアップが表示された。VR商店街からの通知だ。 『ボディーショップ斉藤オンラインに、1名様が入店しました』 「え、もう!?」 サイトウがオンラインショップに“あのはな六”を売りに出したのは、今朝のことだ。まだ半日も経っていない。はな六は立ちあがり事務所を飛び出したいくらいだったが、膝が故障しているので、よたよたと事務所を出た。 「サイトーウ! ネットショップにお客さんが来たよぉ」 「マジかよ、早ぇなオイ!」 サイトウはいそいそと事務所に戻って来た。 VRヘッドセットが一つしかないので、はな六はサイトウの横に立って、平たいディスプレイからオンラインショップの様子を見た。あえて場末に建てられたショップに、こんなにも早くに来客があるなど。 客はショップ一階をうろうろしていた。五ヶ月ほど前にはな六がこのショップを訪れたときと同じく、目当て商品の陳列されている場所が分からないのだろう。 客のアバターはデフォルト設定だった。ただの人間タイプ。ボサボサの短髪と太い眉毛と睫毛のない目が、男性であることを表現している。服装は、白いタンクトップに白いパンツ、つまり下着姿ということだ。 「ねぇサイトウ。この人、お金持ってないんじゃない?」 はな六は声を潜めて言った。 「でぇーじょうぶだって。無一文だろうか借金持ちだろうが、コイツが買うって言ったら売ってやっから。ほんで、コイツの魂をこのボディに移したら、コイツは俺達の可愛い長男坊さ」 「おかしな人じゃないといいんだけど」 「稲荷大明神様のお導きだからよ。きっといい奴だんべ」 「そうかなぁ」 下着姿の男に、サイトウのクラゲアバターがふわふわと近づいていった。 『いらっしゃい』 『どーも、ごめんください』 下着姿の男は、少し折った膝に両手をついて、ゆっくりとお辞儀をした。 「なんだかお爺ちゃんみたい」 見た目からは人となりがさっぱり分からないが、口調といい仕草といい、老人にしか見えない。 「魂が寿命じゃなきゃいいんだよ」 サイトウはヒソヒソと言うと、マイクを口元に近づけて話した。 『お目当てのモンなら
二階
(
うえ
)
にあるよ。お宅、実年齢は何歳だか知らねぇが、ここはVR空間だ。階段だって、上がろうと思えば楽々上がれるぜぃ』 『はい、では失礼して、上がらせてもらいますー』 下着姿の男は、クラゲのあとに続いて、のたりのたりと階段を上がっていった。 二人は寝室へと入っていった。部屋の中央に敷かれた布団に“あのはな六”は寝かされていた。瞼を持たない“あのはな六”は目を見開いたままで、両手を顔の横に置いて寝ていた。 『これは素晴らしい!』 意外なほど、下着姿の男の反応は良かった。“あのはな六”は塗り替えがまだ済んでいないので、相変わらずのボロだ。だからはな六はガッカリされるのではないかと思った。 “あのはな六”の上空にポップアップが表示される。 『はな六……20XX年製。パンダ型保育専用アンドロイド。オスです。
魄
(
はく
)
の初期化済み』 『うーん。結構古いのがちょっと難点のような……』 『大丈夫、コイツは動物型だから、造りが単純なぶん、丈夫だぜぇ』 『うーん……見た目は理想の、赤ちゃん的なのですけれども……』 「赤ちゃん?」 はな六は囁いた。 「赤ん坊になりてぇってことか?」 サイトウはマイクを外し、はな六に囁き返した。そしてまたマイクを着けると言った。 『お宅、赤ん坊アンドロイドが欲しいのかい?そんならコイツはオススメだぜぇ。年数は経っているが、身長六十センチ。ちっちぇえ赤ん坊の遊び相手する為に造られたもんだからよ』 『なるほどー。いいかもしれません。あのですねぇー、えーと、どちらさんでしたっけね?』 『あ? 俺ァサイトウだ』 『サイトウさん……。ちょっと、あたしの身の上話を聴いてくださいよ』 『いいぜ、どーせ今暇だし』 『実は……』 下着姿の男は、“あのはな六”の傍らに座り、長々と話した。あまりにも話が長いので、サイトウは椅子の背に凭れて両手を頭の後ろで組み、時々ウンとかアァとか面倒くさそうに相槌を打っていた。はな六は立ちっぱなしでいるのに疲れて、応接テーブルの上の灰皿に溜まった灰を片付け、本棚の漫画本を並べ直してから、来客用のソファーに座り込んだ。 要はこういうことだ。下着姿の男の正体は老人型アンドロイドだった。とある家族が亡き祖父の姿形を模して造った、製造から半年にも満たない新品のアンドロイド。だが、魂も生まれたてである彼は、新品とはいえいきなり老人のボディをあてがわれたのが気に入らなかった。それで家族相手に裁判を起こすと言って脅し、家族に自分を手離させることに成功した。 『そういったわけで、今のあたしの望みは、あたしの魂年齢に見合う赤ちゃん型のボディと、あたしを温かく迎え入れ育ててくれる家族を得ることなんです』 「あぁ!?」 「そ、それって!?」 サイトウの願望を百パーセント満たしているではないか。 『一応ねぇ、自分で養子縁組希望の届けを出してはいるんですよぉ。でも、あたしはこの見た目でしょう。だーれも、貰ってやくれません。だからねぇ、見た目から何とかしなきゃあいけないって、思いましてねぇ』 はな六とサイトウは息を飲んだ。 『そ、そりゃあ辛ぇ話だなぁ、爺さん。じゃあさ、これ五百万するとこだけど、五十万でいいからどうだい? あとさ、俺んち今ちょーど養子募集してんだけど、よかったらウチ来る?』 すると下着姿の男は項垂れていた顔を上げ、パッと目を輝かせた。そしてさっきまでの老人仕草はどこえやら、 『行く行くーー!!』 と、部屋中をぴょんぴょんと跳ね回ったのだった。
前へ
52 / 63
次へ
ともだちにシェアしよう!
ツイート
襖
ログイン
しおり一覧