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しあわせのかたち3
「前回来たときよりも雲の少ない、綺麗な夕焼けを見渡すことのできるこの景色をだな、日が落ちるまで眺めないなんて絶対に損するぞ」
「だけど……」
どんなに忙しくてもそれを感じさせないのは、小林がいつも微笑みながら仕事をしているからだった。目尻にできた笑い皺が、人の良さを表していた。同時に竜馬の苦情を塞ぐ、最強のアイテムでもある。
「次に来たときには、同じ景色が2度と見られない。だからこそ今この瞬間の絶景を、一緒に見たいと思っちゃ駄目なのか?」
目の前の景色には一切目をくれず自分を見続ける小林に、痛々しいほどしょんぼりした表情を浮かべた。すると頭を撫でていた手が移動し、頬に触れてくる。
直に感じる手のぬくもりにほっとし、ちょっとだけ気持ちが浮上した。
「だって疲れてるでしょ。それなのに俺って」
「こうしてふたりで景色を見ながらお前に触れていたら、疲れなんて飛んでいく。余計な心配をするな」
「無理してない?」
呟くような竜馬のささやきを合図に口元に笑みを湛え、顔を前に向ける。
今まさに、太陽が海に吸い込まれようとしていた。沈みかけた太陽がふたりの影を作っているのが、ちょっぴり嬉しかった。並んで立っている自分たちよりもぴったりと影がくっついていて、微笑まずにはいられない。
そんな重なる影をこっそり振り返って確認してから、隣にいる小林に視線を移した。
「無理していたのは結婚したときくらいさ。今は無理をしていない。安心しろ」
小林から語られる過去の話に、眉をひそめた。本当はとても知りたかったことだったが、終わった出来事を根掘り葉掘り聞いて、心の傷を深めてしまうのではないかと竜馬が躊躇ったため、ずっと聞けずにいた。
「……前の会社に勤めてたとき同僚とデキていたんだが、別れ話が拗れてしまってな。同僚が泣きながら社長に暴露したんだ。小林に襲われたってさ」
「そんなの酷い……」
つらい話をしているはずなのに柔らかい笑みを浮かべたまま喋る横顔を、心中複雑な気持ちで竜馬はじっと見つめた。
生暖かい風が、整えられている小林の黒髪を乱すように時折吹きすさぶ。
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