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しあわせのかたち4

「その後社長を交えて話し合いをしたけど結局会社をクビになり、就活して今のところに勤めることができた。だがそこに行きつくまでに、ほとほと疲れ果ててしまったんだ。ゲイである自分に……」  返事の代わりに竜馬の頬に添えられている小林の掌に、優しく手を重ねてあげた。 「俺が普通の性癖だったなら相手を見つける苦労をしなくて済むし、いい年した男がひとりでいることにも突っ込まれずに済むだろうと考えて、結婚相談所に駆け込んだわけさ」 「それで結婚したんですね」 「ああ。カミさんはいい人だった。俺には勿体ないくらい、いい奥さんでいい母親だった」  過去形で語っていく言葉は竜馬にとって安心するものなのに、なぜだか素直に喜べない。 「一緒に生活していると、隠し事はできないものだよな。ちょっとした言動で、それを見抜かれてしまった」 「奥さんは小林さんを愛していたから、自分に気のないことが分かったのかもしれませんね」  好きになった相手に恋人がいた竜馬にとって、事あるごとに素っ気ない態度をされるたびに、胸がキリキリと痛んだ経緯がある。だから小林の妻と自分を、無意識に重ねてしまった。 「どうしても愛するという感情になれなかった。無理をした弊害がその証拠さ。離婚して当然なんだよ」  頬に添えていた手をやんわりと引っ込め、スラックスのポケットに入れた小林を、じっと見つめることしかできなかった。吐き捨てるように告げたというのに、微笑んだままでいる横顔に向かって、何て声をかけたらいいか分からず言葉が空を切る。 「偽らずに生きていこうとした俺の前に、お前がひょっこり現れた。はじめて見たときに思ったのは、卑猥なことしてその整った顔を歪ませてやりたいなって」 「うわぁ、そんな目で見ていたんですか」  両手で身体を抱きしめ、大袈裟なくらいに竜馬が怯えると小林は嬉しそうに瞳を細め、軽く体当たりしてきた。そのお蔭で、そこはかとなく漂っていた重苦しい空気が一掃する。 「お前が大学を中退した理由、あとから教えてくれたろ。同性に好意を抱いたけどトラブって辞めたんですってさ。俺の境遇に似てると思ったら、目が離せなくなった。気になって目で追うようになって、そして好きになった」 「俺としてはその理由を話した時点で、小林さんにアプローチしてほしかったのに。これって俺が先に好きになったという事実が、明るみになっただけじゃないですか」 「でも結果オーライだろ。恋人同士になったんだから。ま、その証としてこれを受け取っておけ」  スラックスに入れっぱなしになっている小林の右手の拳が、竜馬の前に音もなく差し出された。その下に両手をセットすると、とても小さい何かが煌きながら落ちてきた。

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